04.人生最後の人助け
極大魔法をぶっ放した結果、馬車を襲っていたトラのモンスターは消し炭となった。
マリィはそのまま飛び去ろうとする。しかし……。
眼下には、馬車を護衛した騎士たちが倒れてる。
みな今の落雷に驚いて気絶している。また、全員がモンスターとの戦闘で深手を負っていた。
……ここで、英雄物語に出てくるような勇者であれば、 一も二もなくけがを治すだろう。
困っている人を放っておけない勇者なら、理由もなく人助けするだろう。しかし……
「ま、治癒魔法も試しときますかね」
この女の思考回路は、先ほどと同様。
いざとなったときに治癒魔法が使えなかったら、自分が困る。
おお、ちょうどいいところにけが人がいるではないか。
よし、治そう。……そういう女なのだ。
前からそうだったかというと否である。
前世の記憶、今世の境遇、そして婚約者と妹、家族からのひどい仕打ち。
それら要素が混然一体となり、今のマリィは、おのれのために力を使うエゴイスト魔女となったのだ。
マリィは地面にすとんと降りる。
馬車を護衛していた騎士たちは、落雷による衝撃と音とで失神してた。
当然だ。この世界には、前世のように魔法の使い手はいないのだから。
あんな恐ろしい落雷を間近で感じたら、たとえ身体的ダメージはなくとも、驚いて気絶してしまっても仕方ない。
マリィは護衛の騎士たちを見渡して、無事であることを確認。最後に、馬車のドアを開けて中を見ると……。
「おや、ジェームズ皇太子殿下……」
王国の隣にある、大帝国の第一皇子が馬車の中にいた。
見たことのある顔だとマリィは思った。
たしか学園に、留学生としてジェームズが通っていた気がする。
マリィとは顔見知りだ。
「うう……なにが……って、君は?」
ジェームズ=ディ=マデューカス。帝国第一皇子。長い銀髪に、整った顔つき。背は高く、彼のファンは学園内でも多かった。ファン倶楽部もあったくらいだ。
さて状況を整理しよう。国外追放された元落ちこぼれの公爵令嬢。
森の中でモンスターに襲われていた、他国の皇子を見事助けた。
これが恋愛物語ならば、ここから皇子にスカウトされて、隣国で彼の伴侶として暮らす、そんなラブストーリーが繰り広げられる……ところだった。
「たしか……ゴルドー嬢」
「【睡眠】」
マリィは相手を眠らせる魔法を使う。魔法には属性魔法と無属性魔法がある。火や水など現象を起こす魔法と、それ以外の魔法に大別される。
睡眠は無属性魔法。
マリィは一瞬で相手を眠らせる。そして耳元でささやく。
「寝て起きたらいつの間にかモンスターはいなくなってる。あなたは助けられたわけじゃない。OK?」
暗示のまじないである。そう、マリィは別にこの皇子に惚れてるわけでもないし、恩義を感じてほしくてやったわけじゃない。
単に魔法の試し打ちがしたかっただけだ。あとはほんの少しの罪悪感。見かけてしまった以上、助けた。それ以上の感情はないし、ラブロマンスを彼女は別に望んでいない。
マリィは、ラブマリィ時代もだが、色恋に全く興味がなかった。どうでもよかった。それより魔法の訓練、王妃教育だった女だからだ。
「それでは、ごきげんよう」
マリィは結界の魔法を馬車にかけておく。寝ている間にモンスターが出てきて、彼らが食われましたとなれば、寝覚めが悪すぎる。
「うん、結界もばっちり。はいこれでサービス終わり。もう人助けなんて絶対しませんよっと」
だがその決意、遅すぎた。
そう、この世界ではありえない、強力な結界を張って、残したのだから。
そしてあんな適当な暗示をするのではなく、記憶消去の魔法を使わなかったこと。
その結果、マリィは認知されることになる。帝国の皇子に。命を助けた恩人として。そして、執着される羽目になるのだが……まあそれは今は関係のないことなのだ。