02.魔女について
魔女神ラブマリィ。その名前を知らぬものはいない。
いにしえの時代、まだ魔法が普遍的に使われていたころ。
一人の強大な魔力を有した存在が、世界征服を企んでいた。
魔王デスデモーナ。
高い魔法力と、そして残忍な性格を有しており、その魔法の力を使って世界のありとあらゆるものを破壊していった。
当時、デスデモーナに対抗するべく討伐部隊が組まれたものの、誰一人として魔王にかなうことはなかった。
もう駄目だと、誰もがあきらめたその時、一人の魔女が現れる。
彼女の名前はラブマリィ。
ただの村娘でしかなかった彼女は、魔王の部下に村を焼かれ、そして大切な家族を失うことになる。
その恨みは彼女にモチベーションを与え、長い修練ののち、ついに世界最高の魔法の力を手にする。
百の魔法を使う魔王に対して、千の魔法を自在に操るラブマリィは圧倒して見せた。
その当時、ラブマリィは齢にして100歳を超えていたのだが、老体ということを差し引いても、その魔法力は他の追随を許さないものであった。
彼女の執念と努力の結晶である魔法は、魔王を瞬殺して見せた。誰もがかなわないとされていた巨悪を、すさまじい魔法で打ち破ったのである。
誰もが彼女を、神とあがめた。
それゆえ、ついたあだ名は魔女神。
しかし魔女神ラブマリィは、家族と村の仇を取った後、まるで体からエネルギーが消え失せてしまったかのように、数日も経たずに絶命した。
彼女を動かしていた、敵討ちという動機がなくなったため、生きている動機がなくなったのである。
かくして、人生のすべてを魔法の勉強と訓練に費やした魔女は、魔王を倒してあっさり死んでしまう。
歴史には、魔王を倒した神として記録が残り、誰の心のなかにも、世界を救った魔女の神として、ラブマリィは生き続けることになった。
ようするに、この世界を救って伝説の存在となった、すごい魔女が、その記憶と魔法の力を持って……。
この魔法の衰退した世界に、世界で唯一の魔法使いとして、転生したのだ。
マリィ=フォン=ゴルドーとして。
彼女がその記憶を取り戻したのは、王太子に婚約破棄を言い渡されたのとちょうど同じタイミングであった。
マリィが婚約を解消されると告げられた時、強いストレスを覚えた。それがトリガーとなって、彼女はラブマリィとしての記憶を取り戻したのである。
とはいえ彼女はもともと、ラブマリィとしての魔法の力を最初から備えて生まれていた。
莫大な魔力量に、高い魔法適正。
そして魔法使いとして長い修練の末に、体に染みついてる、魔法の使い方。
マリィは無意識に魔法を使うときがままあった。たとえば親に比較され、なぜ妹のようになれないと殴られたとき。
身を守るために防御の魔法を使ったり、まともに食事を与えられず、栄養が足りてない体を持たせるために強化魔法を使ったりと。
(そのおかげで彼女の家は垂れ流される強化魔法の恩恵を受けていた。まあもう消えてしまうだろうが)
マリィは、落ちこぼれ聖女と馬鹿にされていたのだが、それは間違いであったのだ。
たしかに法術の適正はゼロだけれど、魔法の適正が尋常ではなくあったのだ。
法術を使うための聖法気はないけれど、すさまじい魔力量がその身に宿っていた。
魔法のすごい力を持っていても、それを評価しない時代に生まれてしまったがゆえに、落ちこぼれに見えただけなのだ。
ラブマリィ時代であったら、その高い魔法適性と、すさまじい魔力量に、誰もが彼女を天才だと評したはずだ。
マリィが劣っていたのではない、世界が彼女の力を測れなかっただけ、間違っていたのは世界のほうなのだ。
その真実に、結局誰一人気づくことはなかった。マリィも、力と立場を自覚したのは婚約破棄された後のこと。
関係が解消され、国外に強制的に追いやられることになったのだ。彼らには忠告した。真実を告げた。でも、信じなかった。
だから。
マリィが出て行ったことで、国や家が大変なことになろうと、もう知ったこっちゃないのである。