102.時を戻れ
マリィは泥の化け物となった禁書庫の番人と戦っていた。
時を止めて、攻撃し、番人をバラバラにしたところである。
「なんだか……かわいそうですね……」
肉塊を見てカイトが同情的なまなざしを向ける。
「敵に身体を勝手に変えられて、最後は死んでしまうなんて……」
「何勝手に殺してるのよ」
「ふぇ……?」
マリィの目的は番人から、この蓬莱山の情報を得ることだ。
殺すわけがない。
『じゃあどーすんだよ』
「こーすんのよ」
オセの問いかけに答えた後、マリィは接骨木の神杖を手に持って、魔法を展開させる。
何重もの魔法陣が肉塊の周りを取り囲む。
「……これ、すごく魔力を使うから、あんまり使いたくないんだけど、仕方ないわね」
魔法陣は鳥かごのように番人の肉体を包み込み……。
「【固有時間遡行】」
突如として魔法陣に時計盤が浮かび上がる。
針が逆転していくと……。
「! 番人殿の肉片が、元に戻っていくぞ!?」
リアラ皇女が驚くのも無理ない。
バラバラになった肉塊が元の場所へもどり、さらに……。
泥に変質していた細胞が、元の形へと戻っていく。
汚泥だったそれは白く美しいうろこへ。
「な、何が起こってるのですか……? 魔女様」
「時間を戻してるのよ」
「時間を!?」
「といっても対象者の体内時間を戻してるだけだけどね」
世界の時間ではなく、対象となるものの時間を戻してるのだ。
傷つく前、変わり果てる前の姿へと……。
やげて獣みたいなフォルムは、1匹の流麗なフォルムをした、白竜へと……。
『竜だったのか、番人って……』
「ええ、竜の魔神、名前は……ロウリィ」
『ロウリィ……?』
ややあって、時間が巻き戻るのが終わると、そこには見上げるほどの巨大な白い竜が眠っていた。
「なんと……神々しい見た目の竜だろう……」
リアラ皇女が思わずそうつぶやいてしまう。
日の光を受けて、竜のうろこは白く輝いているようだ。
翼は天馬のように白く美しく、その鋭い目つきからは知性を感じられる。
マリィはため息をつくと……。
げしっ……!
「「「け、蹴ったぁ……!?」」」
「いつまでも寝てるんじゃあないわよ。起きなさい、ロウリィ」
うずくまってる竜の顔面を、マリィは躊躇なく蹴飛ばした。
これほどまでに大きな竜を……である。
当然、カイトたちはハラハラしていた。
そんなことを、竜は怒ったりしないのだろうか……?
白竜ロウリィはパチリ……と目を開ける。
そして……。
『ふぁああ~……はえ? もう朝っすか?』
……とまあ、のんきな声でそう言ったのだ。
可愛らしい少女の声だった。
見た目とその声のギャップに、カイトたちは戸惑う。
マリィはゲシゲシと竜の鼻先を蹴りまくる。
「なにがもう朝よ。手間かけさせないでちょうだい?」
『いたたた! いたいっす! 何するんすか! てゆーかあんただれ!?』
「寝ぼけてるんじゃあないわよ。わかるでしょ?」
『!?』
ロウリィがマリィを見て固まる。
『こ、この魔力……そして性格の悪さ……! ラブマリィっすかあんた……ぎゃん!』
マリィはげしっ、と鼻先を思い切り蹴る。
「目は覚めた」
『うう~……。ひでーっすわ……』
「何がひどいだ。私は必要ない労働を強いられたのよ」
『! そ、そーっす! 自分は確か、嫉妬の魔女に呪いをかけられて……!』
「嫉妬の魔女……?」
初めての単語に、マリィが首をかしげる。
一方ロウリィは困惑してるようだ。
『自分、嫉妬の魔女の呪いで化け物になってたんす。でも……戻ってる。なんで……? ぎゃん!』
マリィが再びロウリィの鼻を蹴飛ばす。
「とりあえず、何か言うことがあるんじゃあないの?」
白竜はたしかに、といってうなずいたあと……。
マリィの前に平伏して言う。
『戻してくださり、ありがとっす……魔女さん』
そんな白竜の姿を見て、カイトが感心したようにうなずく。
「あんなすごい竜を従えてしまうなんて! さすが魔女様です!」
「あの恐ろしい呪いをたやすく解いてしまう、魔女殿はすごい!」