101.時よ止まれ
変わり果てた番人を、元に戻すことにしたマリィ。
「【風刃】」
手始めに風の刃での直接攻撃を図る。
ズバンッ! という音とともに、泥の化け物の腕がぼとりと取れる。
「やったか!?」
『いや……まだだぜ皇女さんよ。アレをみな?』
「!? す、直ぐに体が再生しただと!?」
切断面から新しい泥が生えて、それが腕の形へと変化した。
マリィはそれを見て考察を述べる。
「おそらく体の細胞が、スライムのような軟質性のものに性質変化させられてるのね。物理的な攻撃は全て無効にさせられるでしょう」
「敵の性質を一瞬で見抜くなんて……さすが魔女様です!」
カイトが相変わらずよいしょする一方、マリィは結界を張って、彼らをガード。
異空間からホウキを取り出して、それに乗っかって飛翔。
『魔女さまよ、何するんだ?』
黒猫のオセが、同じくホウキに乗ってマリィに尋ねる。
「斬撃、打撃、そういう攻撃がきかないのなら、きくようにするまでよ」
『オボロロオロォオオオオオオオオオオオオオオオ!』
ドバッ……! と泥の化け物が、体の泥を照射。
マリィめがけて、溶解毒の泥を飛び散らせる。
マリィは飛行魔法で泥をすべて華麗に回避して見せた。
敵の泥は防壁を突破してくるので、仕方ないのである。
「見事な回避でございますな!」
「けど……大丈夫だろうか。魔女殿。あれでは近づけないではないか……」
帝国組が心配そうに、マリィの戦う姿を見ている。
一方でカイトは確信めいた様子で言う。
「問題ありません。魔女様はお強いですから!」
マリィと出会い今日まで、彼女が戦う姿をたくさん見てきた。
カイトからすれば、こんなの困難でもなんでもないのだ。
マリィは泥の攻撃を避けながら魔法を完成させる。
「絶対零度棺」
ガキィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン!
……突如として湖、そして泥の化け物、そして周りの氷すべてが、氷に包まれた。
『さ、さみいぃ……なんつー出力の魔法だ。辺り一面が氷河期だぜ』
氷の棺に泥の化け物が閉じ込められている。
一歩も動けない様子だ。
『なんかあっさり倒したな』
「まだね」
『なんだって……?』
びきっ、ばきっ、と氷の棺にヒビが入る。
ばきぃいいいいいいいいいいいん!
「そ、そんな……! 魔女殿のすごい氷の魔法を、打ち破ってきたですって!?」
キールが驚くのも無理はない。
あんな凄い氷の魔法に閉じ込められたら、何をどうやっても外に出ることは不可能だろう。
「い、一体どうやったのでありましょう……?」
「ふむ……あの泥、どうやら氷の溶かしてしまうようね」
物理攻撃、そして魔法での攻撃も、あの泥は溶かして無効化してくるということだ。
『オボロロロオォオオオオオオオオオオオン!』
泥の化け物が、頭上めがけて泥を吐き出す。
巨大な泥の玉……いな、泥のシャボン玉がふわふわと浮いていく。
「ふぅん、なるほどね」
『ま、魔女さまよ、あいつ何するつもりなんだ?』
「あれは泥で作ったしゃぼんだまよ。おそらく、空中で爆発させて、散弾のように周りに泥をまき散らすつもりみたいね」
マリィは敵の狙いを一瞬で看破する。
彼女は転生前、そして転生後も、たくさんの戦いをくぐり抜けていた。
その経験があるからこそ、ある程度は敵の攻撃を予測できるのである。
『って! どうすんだよ! 全部避けるのか!?』
「いや、大丈夫。もう魔法は完成してるわ」
『あんたなにを……?』
泥の化け物の頭上に、1本の杖が浮いていた。
『ありゃたしか……魔女さまの、接骨木の神杖?』
極東で見せた、マリィの使う杖だ。
彼女の魔法をアシストする機能が搭載されている。
「術式解放、時間停止」
その瞬間……。
泥の化け物、そして化け物が照射した泥のしゃぼん玉が、硬直したのだ。
「な、なにが起きてるのでありますか……?」
「麻痺の魔法……?」
帝国組が首をかしげる一方で、マリィは説明する。
「時間を止めたのよ」
「「じ、時間をとめたぁ……!?」」
驚く二人を前に、マリィは淡々と種を明かす。
「あの軟質の体を攻略するためには、一度あのぶよぶよの体を固める必要がある。でも氷すら無効化するなら、あとはもう時間を止めるしかないじゃない」
確かに細胞の時間を止めてしまえば、体が変形することはない。
『言うは易しだけどよぉ……時間を止めるなんて、そうそうできるもんじゃあねえぞ……』
「できるわよ。オカシナこと言うわね」
『そりゃあんたが異常なだけだよ……! やばすぎだろ……ったく』
マリィはパチンッ、と指を鳴らす。
その瞬間、風の刃は泥の化け物の体をバラバラに引き裂いた。
どぼん……! と湖のなかに泥の化け物の体が次々落ちていく。
「す、すごいです魔女様! あんな化け物を、一瞬で倒してしまわれるなんて!」
カイトから賞賛されても、マリィの表情は暗いまま。
倒したところで食べられないからである。