10.Sランク冒険者は、マリィの力に驚愕する
マリィがコカトリスを食する、少し前まで、時間は遡る。
彼の名前はギルデン。
Sランク冒険者パーティ【黄昏の竜】のリーダーである。
男なのだが、長い髪に、猛禽類を思わせる鋭い目つき。
年齢は24という若さで、最高ランクの冒険者にまでたどり着いた、いわば天才であった。
ギルデンは力を、神から与えられた特別な存在だと信じて疑わなかった。
近衛騎士よりも、天導教会の聖騎士よりも、そして他のどんな冒険者よりも強い。
そう自負していたし、実際にギルデンは言うだけの実力がある。
……だが、そんなギルデンでも手こずる相手が存在した。
それが……コカトリス。
見た目は鶏だが、れっきとしたドラゴンの一種だ。
古竜と呼ばれる、老成した竜の一種である。
歳を重ねた竜はより強大で、より凶暴な性格となる。
古竜コカトリスは、つい最近まで街にほど近いダンジョンの奥地で眠っていたらしい。
【誰か】が封印していたのだろう、とのこと。
そこには今は存在しない、封印【魔法】の残り香があったそうだ。
だがさる冒険者パーティが封印を解いてしまう。
いにしえの時代に存在した、魔法の力を有した、恐るべき化け物が世に放たれたのだ。
多くの冒険者達がコカトリスに挑み、その全員が返り討ちにされた。
にっちもさっちもいかず、最強冒険者のギルデンにお鉢が回ってきた次第だ。
ギルデンは【二刀流】という、特殊なスキルを持っていた。
スキル、それはこの魔法が衰退した世界において、治癒術の使えない男が持つ、唯一のモンスターへの対抗手段。
能力が向上したり、通常ではあり得ない攻撃をできるようになったりする、特別な力。
ギルデンの二刀流は、2本の刃を自在に操るというスキル。
利き手ではない手で剣なんて普通は振れない。だが彼はできる。
神に選ばれし才能を持ち、精鋭の仲間達とともに、ギルデンはコカトリスに挑み……
そして、あっさりと敗北を喫したのだ。
「はぁ……! はぁ……! ば、馬鹿な……このオレの、剣が……全く歯が立たないだと!?」
ギルデンは目の前の化け物を見やる。
見上げるほどの巨大な鶏の化け物。
目は血のように赤く、体毛にはシミ一つ無い。
そう、ただの鶏にしか見えないのに、その実、全く別種の生き物である。
あの体毛にはどんな武器攻撃も通じない。
打撃も斬撃も、すべて吸収されてしまう。
そして、あの血のように赤い瞳。
あの目から放たれる石化の怪光線に当たると、その部分が石に変わってしまうのだ。
「くそ……! みんな……! 石にされちまった……! くそぉ!」
仲間達は決して弱くない。確かにギルデンに実力で劣るものの、それでも全員が確かな力を持つ冒険者たちだった。
だが、全員が石になってしまった。
ギルデンは右足が石化してしまっている。
「くそ……こうなったら……奥の手だ!」
ギルデンは両腕を高く掲げる。
こぉおお……と彼の手に握られし2本の剣が輝き出す。
「ぜぁああああああああああああ!」
飛び上がり、ギルデンは高速で斬撃を放つ。
「【流星剣】!!!!!」
輝く高速の斬撃が、まるで流星のように、コカトリスに襲いかかる。
全体力を使って発動させるこのスキルは、どんなに高い防御力を誇るモンスターをも、粉々にしてしまう……はずだった。
がきぃん! という甲高い音。
「そん……な……オレの……剣が……」
防御を無視して、絶対に相手を殺すスキルだった。
だが……それが通じなかった。こんなのはギルデンが冒険者に……いや、人生で初めてだ。
彼は無様に地面に崩れ落ちる。
初めて覚える……恐怖。
圧倒的な力を持つ化け物を前に、彼は初めて、恐いと思った。
「グゲゲェエエエエエエエエエ!!!!」
コカトリスの怪光線がギルデンに照射される。
彼の体が徐々に石になっていく。
そして……視界が暗転し、彼は死んだ……はずだった。
バチンッ……!
「な、なんだ……?」
次の瞬間、ギルデンは目ざめていた。……目ざめていた!?
「!? な、なぜ生きている!? 石化は!? コカトリスは!?」
だが、不思議なことに目の前に居たはずの化け物は、消えていたのだ。
また……石になったはずの自分、そして仲間達すら……。
「うう……」「あれ……?」「ギルデン……どうして僕らは生きてるのですか?」
仲間に問われても、彼も何が起きたのかわからなかった。
「誰かが石化を解除したのか……? だ、だが……コカトリスは?」
……さて。
彼に何が起きたのか解説しよう。
実はギルデンが石化によって死んだタイミングで、ちょうど魔女マリィが到着。
彼女の放った【落雷】。
それはコカトリスを一撃で死に追いやった……。
だけでは、なかったのだ。
実は周囲にいたギルデン達にも、【落雷】の余波が当たっていたのである。
この魔法は本来、敵を麻痺させる状態異常系のデバフ魔法。
しかしマリィのそれは強力すぎて、コカトリスを即死させ、さらに、周囲にいたギルデン達にも、その魔法の雷を浴びせたのだ。
その結果、彼らの石化は解かれた。状態異常魔法の重ねがけは、通常不可能である。
石化と麻痺、その二つの魔法をかけられた相手は、より練度の高い魔法による状態異常にかかることになる。
ようするに、コカトリスの石化魔法よりも、マリィの放った麻痺の魔法のほうが威力が上だった。
だから、石化がキャンセルされたのだ。
また、心臓が止まって死亡したはずの彼らだったが、【落雷】の魔法によって強制的に心肺停止状態から解除された。
電気の力で心臓が再び動き出し、こうして死の淵からよみがえったのである。
……とまあ、マリィのおかげでコカトリスは討伐され、さらに石化によって死んだはずのギルデン達は、一命を取り留めたのだ。
「あ、あの……ギルデンさん。ちょっといいでしょうか?」
仲間のひとり、鑑定士の男が手を上げる。
「おれの持ってる【記録の宝珠トローン】に、妙なものが写ってるんです」
「なに? 記録の宝珠に……?」
魔道具のひとつだ。
魔道具とは、かつてまだ魔法が全盛期だった頃に作られた、魔法のごとき効果を発揮する不思議な道具である。
今、魔道具を作れるものはおらず、そのすべてが、遺跡やダンジョンから発掘されるものだけだ。(※ちなみにマリィは魔道具を作れるし、修理もできる)
記録の宝珠とは、魔道具の一つ。映像を記録して保存し、再生することができる、というとてもレアなアイテムである。
一見すると翅の生えた、小さな目玉のお化けみたいな形。
その目玉を押すと、空中に映像が映し出される。
この鑑定士の男は、ギルデンのファンであり、彼の戦いの一部始終を記録するために、この魔道具を使っているのだ。
「ほら……見てくださいここ!」
「女……?」
映像の中には、空とぶおんなが突如として現れて、手から雷を発生させて、たおしていた。
そして、巨大なコカトリスをズタズタにすると、どこかへと消え去ってしまった。
「…………」
「これは……なんでしょう?」
「……………………わからん」
ギルデンをふくめて、この映像に映っていたものを、理解できるものはいない。
魔法が既に衰退している世界。
魔法がないのが当たり前なのだ。そんな世界の住人に、彼女が使った高等魔法を理解できるはずもない。
だが、ギルデンは一つだけ理解していた。
「この女が……未知の力でコカトリスをたおし、オレ達を蘇生させたのだ……」
ギルデンは素直に事実だけを、受け止めることにした。
グッ……と彼は歯がみする。自分が敵わない相手を、女が一撃でたおしたのが……悔しくてたまらないのだ。
……それと同時に、彼女への強烈な興味を抱く。
「なんだ? なにものなのだ、こいつは?」
映像を拡大してみせる。黒い髪に、冷たいまなざし。
「美人っすね……」
仲間の言葉に、他の連中もうなずく。
確かに美しい顔をしている。
「手から雷をだして、化け物を消してしまい、さらに死者を蘇生させるなんて……まるで……神様みたいですね、彼女」
魔法無き世界において、魔法を行使することはつまり、奇跡を起こす神の御業に等しい。
否定したい気持ちがわいてくる。だが、神の業でなければ、コカトリスをたおすことは不可能だったろう。
「とにかく……このことをギルドに報告するぞ。下手したら国にまで問題が波及するやもしれん。一体彼女は今、どこで何をしているのだ……?」
まさか神のごとき力を振るった女が、森でケバブ食って「うめー」とのんきにつぶやいてるとは、この場の誰ひとり、想像できていないのだった。