ある天使人の独白
扉の外に消えていったケイを見送り。イリスも大きく体を伸ばす。伸びに合わせて重力が無くなってしまったかのように彼女の体が椅子から浮かびあがり、まるで柔らかいソファに身を任せるかのように、ゆったりと空中に寝転んだ。
体はリラックスしているようだったが、その顔には何処か寂しげな影が差す。
「一つ目、ラッセルに情報を聞きに行くのは良し。だけどアイちゃんの情報を仕入れるとは言わなかった」
悪魔騒動、相棒の知り合いという、記憶喪失の少女。
「それはつまり、聞くまでも無い程情報を知っている、もしくは、聞きたくも無いのに保護せざるを得ない理由がある」
言葉が熱帯夜に染み込んでいく、今日も寝苦しそうだな、とイリスがどうでも良い事を考える。
「二つ目、警察にもギルドの専門調査員にも任せず、自力でサンプルを採取してまで調査の準備をしてたって事は、キミの言う科学者の関与をキミ自信が最初っから疑ってたか、理屈では可能性が低いと解っていても気にせざるを得ない程、キミにとって最悪の相手ってコトだよね」
続ける、口に出した言葉に意味は無いが、それでも彼女は胸中を漏らさずには居られなかった。
「それで三つ目、ケイ……君がわたしのサボタージュをあっさり聞きいれる時って、一人で無茶する時なんだよね」
正面から今の事を言ったら、ケイは一体どんな嫌味を言って自分の事を煙に巻くのだろうか? 考えると少しだけおかしくて、彼女の愛らしい唇から小さな笑みがこぼれた。
先ほどケイに代わって風呂に入れた少女の裸を思い出す。
病的なほど白い肌と痛み切った髪。そして常人には見えないようになっていたが、魔術師であるイリスには、全身を走る魔術的処置と外科的処置の隠蔽痕がしっかりと見えていた。
「私には見えちゃうって解ってたでしょ? ……それとも、見せたかったの? ケイ」
もしかしたらそれは、不器用な相棒からのメッセージだったのかもしれない。あの、変なところで堅物で融通の利かない相棒はきっと、正面から「助けてくれ」と言わないだろう。
踏み込んで良いのだろうか? それとも、そっとしておくべきなのだろうか。
天使人の少女は、少しだけ考え、保留することにした。
「まぁいいや、結局の所、相棒としてできる事をしてあげればいいだけなんだし。……やっぱり、ここしばらくは忙しくなりそうかな?」
ゆっくりとフローリングに着地する。
もう皆眠ってしまったし、術式の多重詠唱を何度も行って神経も疲れている。
一人も夜も静寂も、彼女はそれほど好きで無い。だから今日はもう、眠ることにした。