決着、そして奈落へ
「成程、な。ここまでの戦いは天術による再生を見越しての無茶……か。それで? どう続ける? 再生した所で、聖域も余力もなく、どのようにして貴様の思うように幕を引くと言うのだ?」
僕らを見下ろして、蠅が笑う。完全に力を使い果たしたイリスの体を後ろに庇い、全力で守る。
「そうだね……もう、戦いは終りだっ!」
「む?」
僕が切り札としてずっと隠し持っていた通信端末の画面が輝きをもって演算終了を知らせる。それに呼応して、僕らの下の地面に魔法陣も輝いた。
それは先程の聖域とはまた違い、どちらかと言うと先程悪魔が自分の眷族を召喚するのに用いた物と似ている禍々しい魔法陣。だが、これが何であるかを知っている、目の前の悪魔も、コレがなんであるかに気が付いたようだ。
「貴様らっ! それで聖域か! 余の力を中心に留め、封じたのは……ッ!」
「今更気が付いたのかよ、便所バエ」
今発動した魔法陣は、正しい形で製作された『強制送還』の魔法陣だ。この地下全体を魔法陣とし、ある程度応用できる様に造っていたと言うのなら、僕たちだって利用できる。
発動した『強制送還』の魔法円は、ベィの体を魔力に分解し、奴が元居た世界に送り返して行く。少しずつ黒雲の大きさが小さくなり、呑みこまれていく。
「キミが僕に興味を抱く程度には、あの施設で酷い目に合ってるからね、『悪魔』って言葉に対しては拒絶反応が出るんだ。
だからこの事件で最初に出会った連続殺人に悪魔が絡んでいると解った瞬間に、僕はサンプルを回収して調査を始めた。初めは『何かの手がかりになれば』程度だったけど、ショッピングモールで君が群体だったことが判明した瞬間に、手掛かりは勝利のカギになった」
黒い雲が集まる、黒いうねりの底にあったのは苦い表情を浮かべたアイの顔。
悪魔は面と向かって僕の話を聞く気になったらしい。
残された力で止めを刺しに来ないなんて、大した遊び心だ。
「レストランで入手した肉片と、ショッピングモールでイリスが撃墜したカケラ、コレも全部検査に回した。精密な調査はできなかったけど、全部同じ魔法的特徴を持っている、と言う事だけ解れば後は、ここのギルドの情報量でも何とかなる。
何せこの手の魔法は人間の十八番……戦争中にもっとも進んだ魔法文化の一つだ。
当時の人類には、敵軍が召喚した悪魔を送り返す為、僅かな手がかりから悪魔を特定する必要があったからね」
「やってくれる、着々と準備を整えていた訳だ? 単独に見せたのも、余の言葉全てに応えたのも、聖域でこの場所を囲ったのも、鍔競りの合間、余に見えぬように慌てて余の軍勢を消し飛ばしたのもまた、万一にも余が気が付かぬようにという計算ずくか?
成程、気が付かなかった余がどうかしていたな、中心の余が外に力を送れないのでは、そとの異常が余に届く筈も無い……足りぬ魔法線を描く生贄を用意する為に、貴様らが居た訳か」
わ、ばれたよ。何だかんだで結構頭イイんだな、虫の癖に。
「そう、イリスの聖域化が遅れたのは詠唱に時間を掛けたからじゃない、必要数が揃うのを待ったからだ」
でも、正直な話、ここまで上手く行ったのは奇跡と言うほか無いだろう。
それもこれも、悪魔の撃破と血肉の確保にフィオナの人望と実力、魔法円の下準備にラッセルとその部下達の数とギルドの威光をそれぞれ借りられた所によるところが大きい。
……それもこれも。
「正直、キミが群れじゃ無ければこの結果は無かった。君の体を構成する蠅一匹でも逃がせば、いつか君が復活する可能性をフィオナに示唆できなければ、こんな回りくどくて悪魔召喚のリスクの大きい作戦は決行されなかったからね。そうしたら僕は今度こそ無策で君に挑んでいただろう。変な話、アイに言葉を掛けた悪魔が、君で良かった」
「愚かだな、人よ。主を捨てるか? 主の体を形成する余が死滅すれば、主もまた体を失うと言うのに!」
「悪いね! 僕は一人じゃ無い!」
ベィの視線が、僕の後ろ、僕を信じて瞳を閉じ、歌を歌い始めたイリスに向かう。
もう、イリス自身の魔力もほとんど残されていない。
僕をこの世に引っ張り戻した『再生』の奇跡だって、長年組んでいる僕ならまだしも、出会って数日……しかも悪魔と人の混ざりものとなってしまったアイでは、肉体を再現することはできないだろう。
しかし、それでも唄う。唄ってくれている。
最後の唄を。最後の奇跡を。
目の前の蠅も、その唄声と魔力の流れから全てを理解したようだ。
「ふふ、成程な、それでこそ群れ、それでこそ人よな」
どこか、満足げな笑みを悪魔が浮かべる。
「さぁ! アイを返してもらおうか!」
手を伸ばす。最後の力を振り絞り、アイの形の下、悪魔の胸へ、更にその中へ……!
掴め! 掴め! 掴め!
届け! 届け! 届け!
手が、何かに触れる。その瞬間、上半身だけのベィが僕に抱きついてきた。
「何をっ!」
「フフ、今度の遊戯、余の負けだ。勝利は『貴様ら』人間にくれてやろう……しかし、余も悪魔、『貴様』には勝利も、主もくれてはやれんな」
強制送還の魔法陣はとっくに起動している。黒い雲が床に吸い込まれていき、ベィの体も輪郭からぼやけていく。
しかし、絡む腕が解けない。振り払う程の力が入らない!
僕を包むように魔法陣が展開……コレは!
「体の七割が悪魔のものなら、応用しだいで何とでもなろう……さぁ、解れでも告げたらどうだ? お前を育んだこの世界にな!」
ベィの声が響く。奴の術式が効果を発揮し、僕の体もまた、魔力単位に分解されていく。
――召喚魔術。
悪魔を自分の世界に呼び寄せる、僕も使った魔術。
こいつ、最後の嫌がらせに僕を自分の世界に召喚するつもりだ! 大人しく話を聞いていたのは、ここで僕を巻き込む為に術式の準備をしてたからか!
「余と貴様ら! 最後の手札は同じときた! さぁ! ここが幕だ! 最後の丁半博打と洒落こもうぞ!」
べィ・ルゥ・ジィの声が、黒い蟲の群れが、莫大な魔力が……
その全てがこの世界から消滅し、あるべき世界へ送還されていく。
そして、完成したべィ・ルゥ・ジィの召喚術式により、僕の存在も少しずつ向こう側に引きずりこまれていく。
酷いもんだ……向こうがこっちに来るのはアバターなのに、僕が向こうに引っ張り込まれるのは本体まるごとなんて、笑えやしない。
反撃も術式もとても間に合わない……そもそも、前衛の僕に、大悪魔の術式に対抗できるだけの対抗魔法の実力なんて無い。
足元から体を分解され、僕の意識と体の全てが、向こう側に送り込まれた。




