決意は言霊に
ソファから立ち上がる。固くなった体を伸ばして、全身の力を抜く。窓から外の景色を見つめると、アイ無しでも回る世界が見える。
そんな世界がさみしいと思うのは、きっと世界中で今の僕だけなんだろう。
三日前の僕だったら、この事件だって、少し騒がしいだけの日常だった。だけど、もう僕は三日前の僕じゃない。
だらだらと自分の事を話していたら、自分の中で答えが出た。
いや、違う。
最初からあった答えを、僕はようやく見つけられただけっていう、なんて事無い、それだけの話。
「ねぇイリス」
「……ん?」
ああクソ、今このタイミングしかないから言わざるを得ないんだけど、言うなら言うで恥ずかしいなぁ……。普段あんまり気を使わない仲だとこう言うタイミングで言葉に出しず辛くて嫌だね。
「……イリス、キミに感謝してる。ありがとう。こんな簡単な言葉じゃ足りないけど、ありがとう」
恥ずかしくて顔を直視できないから、このまま全部言ってしまう。きっと相棒も、すごい嫌な笑顔でにやにやしてるに違いない。
「僕……もう少しだけ足掻いてみるよ。きっとそれは誰の為にもならない、アイ本人ですら、救われない話なのかもしれない。……だけど」
最初の約束の理由を思い出す。
そうだ、僕はあの時確かに……
「でも、アイに憎まれても構わない。アイの心に傷が残っても構わない。僕はアイに、この世界で生きてて欲しい。痛くても辛くても、たとえこの事件が終わった後で、アイと僕の関係がどれほど修復不可能になっても、僕はアイにこの世界で関わっていたい。僕はアイに、この世界に関わっていてほしい」
確かに、アイとこの世界で生きたかったんだ。
「憎まれても恨まれても、構わない。アイが生きてそうしてくれるなら、僕はそれ以外何もいらない。僕には彼女を殺さないって事しかできないけど、いつか彼女を本当に救ってくれる何かが来るって信じられる明日が欲しい。
だから僕は、もう少しだけ、前に行く」
力強く言い切る。これで本当に、僕が言わなければいけない事は無くなった。
改めて振り返ると、イリスが僕に微笑みかけていた。
「ん……そっか」
イリスがふわりと椅子から浮かび上がる。小さな右手を僕に向けて差し出した。
「こっちからもありがとう。辛かった筈なのに、わたしなんかにその話、してくれてさ」
柔らかくて小さな手を握る。見る間にイリスの表情に活気が満ちて、鼻息も荒く空いた左腕を握りしめた。きっと今の僕も、似たような表情だろう。
「うん、わたしもちょっと張り切って来ちゃった! こうなったら悪魔をボッコボコにしてさ、アイちゃんを助けて、賞金貰って街も救っちゃおう!」
頼もしいし、嬉しい。
だから僕も、心の中で覚悟を決めた。後は行動あるのみだ。
「さぁ、話す事は話した。支度をしよう、イリス!」
「いーよっ! それじゃあがっつん……と?」
イリスの目が点になる。何だい? 折角格好良く決まったと思ったのに……。
イリスが事務所の入り口に向かう。視線をそっちに向けると、入り口のドアノブにコンビニのビニール袋が引っかかってた。
イリスが持ってきたビニール袋の中を覗き込む。その顔に、小さく嬉しそうな笑みが浮かんだ。
「くす……ケイの行動、結局皆に読まれてるんだね」
微笑みと共に渡されたビニール袋の中身を確認。まず最初に目に入ったのは、ラッセルとノインちゃんからのメッセージカードだった。おそらく、事務所を出るときに引っかけて行ったのだろう。
『死人みてぇな顔してるが、どうせすぐに無茶するんだろ? お前に頼まれてた最後の情報に、俺なりの色を付けといた、せいぜい俺の為に賞金を掻っ攫ってくれ』
『言っても聞かないって解ってますけど、一言だけ言っておきます。大ケガくらいならいつもの事ですけど、死んじゃったら絶対に、ボクの一生が終わるまで許しませんよ! お二人が死んだら悲しむ友達がいる事、絶対に忘れないで下さいね』
そして、その下から顔を出したのは、僕が依頼しラッセルが集めたべィ・ルゥ・ジィのデータのすべてが納められたメモリースティックと、ノインちゃん名義となっている魔導士ギルド情報ライブラリへのアクセスコードだった。
頭痛を覚えて、額を押さえる。
「何か……ここまで読まれてると、さっきまで悩んでた自分がバカみたいだね」
僕の隣で顔を覗き込んでにこにこしてるイリスを手で押しのける。
「さて、じゃあ改めて行動開始だ!」
第一歩として、まずはとにかく歩き出す。この一歩を踏み出さない事には、何も始まりはしないしね。




