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嵐、過ぎた後に

 重苦しい沈黙が事務所の中に満ちている。今朝までは確かにあったはずの温かみや和やかな空気が完全に消失し、冷たい現実だけが横たわっている。


 フードコートでの襲撃後。即座にギルドに連絡が行ったのが二時間ほど前、『通りすがりの魔道猟兵』として事情をすべて説明し、つい先ほど事務所に帰ってきた。


 目撃者も居たし、こんな安易な誤魔化しにそんなに効果があるとは思えないけど、こればかりはラッセルが上手く煙に巻いてくれたのに感謝するしかない。

 で、その立役者であるラッセルと直属の部下であるノインちゃんが疲れ切った顔で事務所に顔を出し、今に至る。


「疲れた……ここ十年で一番ドタバタしてるかもしれねぇ……」


「ラッセル先輩。その言葉……今年だけで一か月ぶり七回目です。……いや、ボクも同意ですけど」


 応接用のソファに思い切り背中を預けるラッセルと、テーブルに突っ伏すノインちゃんにそれぞれコーヒーと菓子を出しつつ、話を切り出す。


「それで? ギルドの方ではどうなったんだい? 久しぶりの面倒な事態で大変なのは解るけど、事情を聞かせてもらわない事には、ここに呼んだ意味が無いしね」


 イリスも無言の首肯で僕に同意。大きなため息とともにラッセルがコーヒーを一口啜り、傍らのノインちゃんに説明を促す。お菓子の小袋を嬉しそうに開封していたノインちゃんが、唇を尖らせながらもしぶしぶ説明を始めた。


「えーとですね。ケイさんの視覚情報と監視カメラの映像から、この町に出現し、殺人を繰り返していたのが『爵位持ち』の大悪魔、『意思持つ死沼』べィ・ルゥ・ジィである事が確認されました。ラッセル先輩の資料を見る限りでも九十九、七三%の確率で、眷属や偽物ではなく、本人であることが確認されています」


 予想はしていたけど聞きたくなかった言葉に、背骨が氷柱に変わったかのような寒気が走る。

 ふと視線を下すと、隣に座るイリスが僕の上着の裾を握っていた。不安なのは彼女も同じらしい。


「これはまた……とんでもない大物だったんだね、あのムシ」


 そりゃああの時召喚成功しないはずである。いくら暴走させる事自体が目的とはいえ、これだけとんでもない規模の爆弾だったとは思わなかった。


 ……それにしても、僕が数年単位でずっと調べていた奴の名前や記録がたった二時間でぽんと出てくるあたり、魔導士ギルドってやっぱりズルいと思う。もっと下っ端に情報流せよ。

 そんな僕の恨みの視線にも気づかず、ノインちゃんが続ける。


「はい、歴史上には三度顔を出しています。出現条件はいずれも召喚、貧困や圧政下の国において召喚に応じ、そのいずれの場合でも召喚者である国の研究者や権力者を含む、すべての生物を食い尽くしています」


 ノインちゃんが資料を提示。この事実が確かなら、この悪魔は過去に三度、一夜にして国を滅ぼしたことになる。

 ただ、違和感を覚える。僕たちのほしい一番大事な情報が、この三度の出現で一度も出てきていない。


「ねぇ、ノインちゃん。こいつは討伐されたことは無いの? 過去に三度国を滅ぼした記録はあっても、その周辺国と交戦した記録が残ってないんだけど」


「それは一切出なかった。俺も結構頑張ったんだけどな。どうやらその虫ヤロー、召喚者の所属するコミュニティ内の生物だけを殺害するっていう、訳の分からない契約しかしないみたいでな。いずれの場合も周辺を食い尽くしたらさっさと自分の居場所のクソ地獄に帰っちまったそうだ」


 ノインちゃんではなくラッセルが答える。ラッセルが言うという事は、本当に記録は無いのだろう。……それにしても。


「ん? どうしたの? ケイ」


 僕の浮かべている疑問に気が付いたのだろう。イリスが僕に声をかけてきた。


「いや、何でこの悪魔がまだこっちに留まっているんだろう? って思ってね」


 資料を取り出す。過去三件の召喚と比べると、召喚条件と言い、期間と言い、今回は明らかに異質だ。


「確かにそうかもしれないけど、確かめる手段は無いよね。次に会ったらインタビューしてみる?」


 相棒の笑えない冗談に、とりあえず笑顔を作って見せる。


「それはいいね。謝礼をいくらか包んで、送迎も付ければ案外平和的に帰ってくれるかも」


「……お前ら、本当に呑気なのな」


 ラッセルとノインちゃんはあきれ顔だけど、僕等はこれが平常運転だから、他にどうしようもない。


「前線で命張るのが日常になると、逆境にへこたれるのすら疲れるんだよ。

 ……で? ギルドの決定はどうなったの? 『爵位』持ちの出現って事は、賞金どころか戦略級魔術師の緊急配備や軍の出動だってあるんじゃないかい?」


 ノインちゃんとラッセルが目と目で合図。ラッセルが頷くと、ノインちゃんが口を開いた。


「それについてなんですが、『爵位持ち』の出現もあって、犠牲者の調査がギルドで最優先になりました。それによって、後回しになっていた個人の魔力波形の照合と、警察がデータベースと照合するためのデータ提供が行われました」


 あ……すごいやな予感がする。


「その結果、帝国陸軍が即座に介入してきました。魔術師ギルドと警察に対し、この町の封鎖と現状維持をし、帝国陸軍から専門の部隊が到着するのを待つようにと通達が来ています」


 やっぱり動き出したか。そりゃそうだ、巨大犯罪組織の証拠がまとめて一つの町から出てきて、しかも爵位持ちの大悪魔も絡んでいると来ているのだ。民間の魔術師や警察においそれと任せるわけにはいかないだろう。


 処理すべきものが無いか、それが間違って誰かの手に渡っていないか。連中も即座に準備を整え、すべての証拠を灰にするべく動き出している。


 とはいえ、冗談になっていない。民間の介入を禁じられたら、今度こそアイを助けるチャンスがなくなってしまう。

 焦る僕を尻目に、ノインちゃんの説明をラッセルが引き継いだ。


「……とはいえ、だ。警察も俺たちも、はいそうですかって指を銜えて見てるだけって訳にもいかねぇ。軍人様がやってきて、こわ~~い悪魔もやっつけてくれるまでブルって動きませんでしたって印象が民衆に着いちまったら、それこそ警察とギルドの面目は丸つぶれだ」


 当然だ。警察は民衆を守るものだし、魔道猟兵は魔力を持たない民衆の牙になるもの。それが事の解決をすべて人任せにした……というのは、今後を揺るがしかねない信用問題になってしまう。


『有事の安心が、平時の維持に繋がる』


 この言葉の裏を返せば、有事に際し役に立てない自衛力に存在は許されないという事なのだ。

 そしてだからこそ、僕にもまだ介入の希望がある。


「何で、表立って軍が動くまでは、こっちもやることをやる。警察関係は町から奴を出さないように封鎖を整えつつ、奴の出現したショッピングモール付近の住人から順番に避難の誘導に当たってるし、こっちも軍の介入までは奴らの賞金を取り消さず、介入があるギリギリまで抗戦を継続し、町への被害を最小限に食い止める事に最大限の力を注ぐことが決定した」


「面子だけは立てておく……って事か。でも、町への被害を止めるってことは?」


 ああクソ、情けないなぁ……あんまりこの二人に弱いところを見せたくないのに、

問いかける僕の声は情けないほど震えてる。

 僕の問いかけの意味を察したラッセルが、重く頷いて僕が最も聞きたくなかった言葉を紡ぐ。


「その通りだ。賞金こそ取り下げていないが、積極的な捜索と奴の撃破は事実上打ち切られた。

 俺達がするのは、体裁を保ちつつ軍の連中が奴を焼き払うまでの時間を稼ぐ事だ」


 予想通りの、考えうる限り最悪の返事だった。

 しかし、しょうがないと言えばしょうがない。僕達魔道猟兵は、あくまで金の為に戦う民間の魔導士であり、命を懸けてまで横取りされると分かっている獲物に食いつくバカは一人も居ない。積極的な介入を止め、時間稼ぎに集中するというギルドの判断も当然の判断だ。


 賞金が取り消されないのも、べィをこの街の魔道猟が仕留める事を期待している訳では無く、金払いが無いと逃げてしまう魔道猟兵を繋ぎとめるエサが必要だからだ。


 だけどこの『当然の判断』は、軍の介入があるまで、魔導士ギルドの情報網があてにできなくなったという、僕にとっては絶望の宣告でしか無かった。


「主だった魔道猟兵事務所の連中も今、街中の中小事務所に声をかけて防衛網を築いてるはずだ。連絡あったろ?」


 ああ、だけど丁重にお断りしておいた。あとでどんな文句を言われるか分かった物じゃないんだけど、今の僕には、他の魔道猟兵と肩を並べて仕事をしようとする気は無い。だけど、特別な事情のない普通の魔道猟兵はみんなそっちに行くだろう。


 ……つまり、僕達がこれから起こす行動には、ギルドからも民間の魔道猟兵からの援助も無い、完全な孤立無援である。


「『爵位持ち』の悪魔が相手となれば、軍もぐずぐずはしていない事が推測されます。遅くても二十四時間後には、この町は戦場になっているでしょう。我々魔導士ギルドは、その場合の戦力確保も考え、戦闘を極力避けるように徹底せよ……との通達です。


 ごめんなさい、ケイさん、イリスさん。ボクたちがわざわざここまで足を運んだのは、特にこの事件に強い関心を持っていた貴方達に、釘を刺す為です。


 どんな事情があるかは存じませんが、貴方達はボクの大切な友達です……お願いですから、孤立無援のこの状況で動こうなんて、思わないでください」


 沈痛の面持ちでノインちゃんが締めくくる。

 その言葉がトドメだった。だってそれは事実上、僕等の事件が終わってしまったことを告げる、最後通告だったのだから。

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