崩壊
合流後はショッピングモールへ、まずは食料品コーナーを素通りしてフードコーナーに行き、腹ごしらえをして、食料について考える能力を鈍らせてから買い足しを行うのが僕の完璧な計画だった。
「さ~て、な~にを食べますかねぇ」
隣の椅子の上にパンパンになった買い物袋を乗せてイリスが回りを見渡す。手には一緒に買ったチョコレート菓子の箱。
イリスの向かいに座る僕の口から溜め息が漏れる。隣にちょこんとアイが座ったのを目の端に捕えた。
そう、僕の目論見は見事に『だった』で終了したのである。ちなみに食後に更に増えるであろうことは想像に難くない、合唱。
「良い感じにくたばってくれないかなぁ、君。お菓子ばっかりこんなに沢山買い込んで……お菓子の家でも建てる気なのかい?」
止めるのに本当に苦労したからね。何せコイツ、アイに嘘を教え込む形で共闘戦線を張って、こっちが一つ品物を戻したり交渉を行ってる間に対岸から二つ余計な物を叩きこんでいくんだもんなぁ……。
「あ、ひど~い! 聞いた? アイちゃん! コイツこんなに酷い事言ってるよ?」
「きいた、ケイ、酷い事いった」
「ホント仲良いね、君達」
「あっはっは、まぁま、コレあげるから許してよ、ケ・イ」
甘い味。
反論が全て形になる前に僕の口の中に小さなチョコレートを押し込めて、イリスが悪戯っぽく笑う。
「むぐ……むぅ」
何と反論したものか? 言葉に詰まる僕。向こうは『もうこれで話は終わり』とでも言いたげに指先にくっついているチョコレートをなめとる。
「むぐ……まぁいいや、とにかく、僕達の所にもいつ敵が来るか解らないし、早く情報をまとめて整理したい、手早く昼食を済ませて帰るとしようね」
それだけ伝えて端末を確認。みれば何時の間にかラッセルから連絡が入っていて、事務所にもう一つの調べ物のデータを送ってくれたと記載されていた。本当、仕事が早くて助かるね。
「そだね、あ、じゃあわたし昼食買ってくるからちょっと待っててね」
イリスが席を立って、フードコート内を飛んでいく。僕はアイと二人で席に残される事になる。
「アイはフードコートは慣れて無いだろうし、イリスが戻ってきたら僕と行こうか」
「……ん」
アイが首を縦に振る。イリスがフードコート巡りを始めたと言う事は、しばらく戻ってはこないだろう。前にフードコートで食事をした時に、全身に呼び出し用のベルを括り付けていたあの光景を僕は二度と忘れない。
「なぁアイ、少し良いかい?」
「なに? ケイ」
「君は、僕の事をどこまで知っていて、どこまで覚えているんだい?」
施設の事、話した事、お願いの事、約束の事。
……そして、その全ての結果。僕はその全てを覚えている。
彼女、アイはそれを失っていると言う。でも、本当に何も無いとしたら、何故アイは僕の元にやってきたのだろうか?
「私が、覚えている事……」
アイが僕の頬に手を伸ばす。僕は特に抵抗もせず、アイのさせたいようにした。
「ケイが、私を助けて、変えてくれたこと……今なら、わかる」
白く小さな手が、僕の頬を撫でる。
「だからね、ケイ……私は、あなたの傍に居たいなぁって思う、それしか解らないから、私はそれだけで、いい」
溜め息が漏れる。
やっぱり、この子は何も知らないからこそ、僕の方に来たらしい。
だとしたら、ちゃんと話さなきゃいけないよね?
ああ、嫌だなぁ、全てを話すの……
手の中に嫌な汗をかく、心臓が鳴る。このままアイが忘れたままでいてくれれば、それで良いんじゃないかって気もする。
だけど、だけどさ……出会ってしまったなら、もう無関係じゃない訳で。
今目の前に居るのなら、もう過去の話じゃない訳で。
だから、まぁアレだ……
自分なりの責任と、けじめはしっかりと付けないいけないと思うんだ。
「アイ……一つだけ、聞いてほしい。大事な事だから、良く聞いてね?」
「……?」
アイが首を傾げる。
一回深呼吸。ゆっくりと口を開く。
「まず一つだけ約束しよう。僕は……この事件が解決して、君が本当に自由になるまで君を守る、いつかの約束の変わりにね」
「いつかの……やくそく?」
「ああ」
頷く、自分の顔を覗き込む瞳を真っ直ぐに見詰める。
からからの口の中を一度水で湿らせてから、もう一度口を開く。
「私とケイは? 約束を?」
「そうだよ、あの時した、僕が……僕が」
畜生! どれだけヘタレなんだよ僕は! 全然言葉が続かない。
昔の失敗と向き合う覚悟も無いなんて、本当に笑ってしまう。
忘れているんなら、そのままで良いじゃないかと思っている僕が居る事に腹が立つ。
だから、言い訳せずに、ここで、言葉を。
謝罪と、新しい誓いを。
「だめっ! だめだめだめだめだめだめだめっ!」
紡ごうとした言葉を、アイが強く否定する。言葉とほぼ同時にアイが勢いよく立ちあがって僕を押し倒した。
椅子が倒され大きな音を立てる。通行人が遠巻きに僕の方を見つめ、店員が駆け寄ろうとするのを視線と手でお断りする。
後頭部を打ち、鈍痛がする。それでも僕は視線をアイから離さなかった。
「どうしたんだい? アイ」
何か様子がおかしい、僕に馬乗りになっているアイの様子を観察。
どうやら僕は、また何かを失敗したようだ。
「どうしたんだ? 何が駄目なんだい? アイ」
「だめなのっ! 私はっ! 伝えなきゃいけない事があって! それをケイに伝えたくて……思い出しちゃだめ! 約束が……約束があるから! 私は進んでも良いけど、もどっちゃだめだったの!」
アイは叫ぶ。
その言葉を咀嚼し、意味を理解した僕は、毒づきながら上半身を起こした。
考えてみれば当然だ、『それ』に関して記憶を閉ざしていると言う事は『それ』が最大の地雷だって事は解ってたはずなのに……どうして僕はこうもバカで、自分勝手なケジメとか言う理由で簡単に掘り起こしたりするんだろうか?
目の前には、アイの顔。ちょうど太股の辺りに彼女の体重を感じる。すぐそばに居る彼女が、涙を一筋流す。
「いま……声が聞こえた、私を……あそこから、出した声」
アイの言葉の様子がおかしい、今までの様な、何処か虚ろな言葉じゃない。しっかりとした意志と思考を感じさせるハッキリとした言葉だ。
「アイッ!」
僕が何かを言う前に、アイの体が突如空に浮かび上がった。




