追憶
彼は不思議な人だった。
こんな場所で、どんな目にあっても、彼は変わらなかった。
笑ってる、きっと心から。
どこか悲しそうにも見えるけど、彼の口元には何時だって笑みが浮かんでいた。
彼は不思議な人だった。
こんな場所で、こんな私なのに、彼は変わらなかった。
楽しそうだった、きっと心から。
どこか虚ろだったのかもしれないけど、私の口元にはいつのまにか笑みが浮かんでいた。
彼はそれをみて、「それでいいんだよ」と微笑んでくれて。
私はそんな彼と一緒に居るのだけが楽しくて。
そんな彼が、何時の日か、私に行った。
「じゃ、ここから出て行こうか」
なんてこと無い事の様に、ちょうど、そとの人が「次の実験をしようか」っていうのと同じくらいに軽い言葉で、彼はそう言った。
私は多分、理解していた、彼は本気でそう言っていた。
「あ、とうぜんアイも一緒だよ、他の独房の子はちょっと忍び込めるかわからないから保留だけど、少なくとも最低二人で逃げる様にしよう」
屈託なく、彼が笑う。戸惑う様に、私が返す。
「おいおい、何か自身が無さそうだね? そんなんじゃあ約束できないなぁ?」
わざと悪戯っぽく、彼が笑う。
「約束?」
私の問いかけに、彼が応えた。
「そう、約束さ。僕と君は、一緒に脱出する。君が捕まりそうなら僕が全力で助ける。たったそれだけ、シンプルな約束だよ」
「私で、いいの?」
「うん、むしろ、君にこそいてほしい。ここで『皆一緒に』って、僕には言えなかったから……皆を見捨てる罪を、誰かに半分背負ってほしかったから……こんな風に荷物を押し付けるしかできない弱い人間の僕を許して、一緒に来てほしい」
彼が私に手を伸ばす。
私は、彼ほど多くを知らない。
私は、彼ほどお利口じゃない。
だけど私は、彼が少し前の私の様に、何かを諦め押しつぶされそうになってる事だけは何処かで解っていた。
だから、私はその手をとった。
「私でいいなら……ずっと、いっしょ、約束」
ああ、そうだ。これが、小さな小さな約束だった。




