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遠からず、しかし、手も届かず……

 事務所ビルの下の階、本当に『事務所』として運用されている方の椅子に寝そべって、イリスが大きく伸びをする。

 時刻はそろそろ午後の二時。

 ケイはまだ帰ってきておらず、事務所の中でアイという少女と二人きりだ。


「……あ、えっと」


 アイがイリスに話しかけ、体を起こしながらイリスが応える。


「何かな? さっきも紹介したけど、わたしの名前は「イリス」だよ?」


「イ・ス?」


 不思議そうに首を傾げるアイ。イリスが人差し指を伸ばして、優しげにウインクした。


「い・り・す。はい、プリ~ズ・リピ~ト・アフタ・ミ~」


「い・り・す」


「いえーす! いえーす! うんうん、優秀な生徒でイリス姉さん嬉しいよ」


 満面の笑みでイリスが何度も頷き、それを見たアイも嬉しそうな笑顔を浮かべる。

 正直怪しい事この上ない相手だったが、それも心に含めて対応すれば良い。

 朝起きた段階でそう割り切ってしまえば、後は元々イリスが持っている人懐っこさや表裏の無さから、アイとは比較的簡単に打ち解けることができた。


「ああそうそう、で? 何か用だったのかなアイちゃん?」


「うん」


 アイが頷き、一拍の間を置いてから「ケイ」と小さく続けた。名詞だけだったが、なんとなく言わんとしていることは通じたので、そのまま答える。


「ん? 朝にも言ったけどケイは出かけてていないよ? もう少しお留守番できる?」


「ううん、ちがう」


 ゆっくりとアイが首をふり、視線を真っ直ぐにイリスに向けて、小さく首を傾げた。


「イリス、ケイと、ともだち?」


 真っ直ぐな声、真っ直ぐな視線、真っ直ぐな質問。

 『友達だよ』と言うのはカンタンだ。しかし、彼女のその真っ直ぐさは、そんな簡単な言葉を求めている訳じゃないだろう。

 彼女の中に流れる天使の血が、その真っ直ぐさに適当な答えを出す事を拒絶する。


「う~ん、難しいねぇ? 仕事は一緒にやってるし、それなりに付き合いも長いつもりなんだけどさ、それって友達とは違うじゃん? 『仲間』だけどまだ『友達』じゃないってところかな?」


「…………????」


 アイが反対側に首を傾げる。やっぱり通じていなかったかと苦笑しつつイリスが続ける。


「まぁ生きてくってのは、物を知るって事で、物を知れば選択肢が増えて、『友達』って言葉で言い表してきた物が段々別の言葉に置き換わってくるんだよ……今は解らないのかもしれないけどね。

 何とか頑張って言葉にするとそんな感じ、あたしはアイツを信用してるし、仕事の相棒として信頼してるよ……まぁ、人間としては、ちょっとどうかと思うんだけどね」


 好意や実力だけでは図れない。いや、好意を含んでいて、実力があるからこそ複雑になってしまう相棒への感情に、イリスが少し困った表情を浮かべた。

 そんな彼女の表情変化を見て、アイが質問を重ねる。


「イリス、ケイ、きらいなの?」


「複雑かなぁ……とりあえず面と向かって『好き』って言いあう相手でも関係でも無いかな、うん。

 ……まぁ、それでもわたしとしては、アイツが背負ってる物ちょっとわけてほしいけどね。

 『こっちだって背負ってあげたいし、背負ってあげられるのになぁ……』

って常々思ってるくらいの間柄かな」


 そう結論付ける。どちらかというとアイというより自分に言っているようで、アイもやはり、納得のいく答えは得られていないようだった。


「わたし……わからない」


 悲しげな表情を浮かべたアイの頭に、イリスがそっと手を置いた、彼女の白い髪を撫でつつ、イリスが優しく語りかける。


「解る必要なんて無いんだよ、いつか必ず理解してるからさ。その幸せは確認できる頃には無くなってるから享受しときなさい。と、ちょっとお姉さんなわたしは言っておくかな」


「わたしは、ケイ、すき?」


 胸の前で手を握り、アイが呟く。アイの頭から手を放したイリスが、お、と小さく、しかし興味深そうに反応した。


『おやおや? 変な子に変な方向性で好かれてるのかな、アイツ』


 心の中で意地の悪い笑みを浮かべる。上手く誘導すれば、後でケイをからかうネタが増えるだろう。

 考えてみれば、ケイには殆どこの女の子の事を聞いていないし、どうせ子守りを頼まれたのだ、ここで聞いておくくらいは良いだろうと判断する。


「それを確認するためにも一つだけ、アイちゃんってケイとどういう関係だったの? アイツも結構照れやな所があってさ、教えてくれないんだよね、これが」


「……? ケイと、わたし? わたしは……ケイと、わからない? おもい、だせない」


 アイが頭を抱えて震えだす、何か地雷を踏んだかと内心頭を抱えつつ、笑顔でイリスがフォローを入れる。


「思い出せないんだ……でもさ、それでも大好きなんだ」


「それも、わからない……だけど、もう、はなれ、たくない」


(はっはぁ! 素敵な言葉を頂きましたぁ! とりあえずアイツ帰ってきたらインタビューだぁ! 必要であればイリス国際法に基づき拷問も許可する!)


 イリスが内心で心に誓う。ついでに今日のスイーツは美味しそうなので後で時間が出来たら有名店に並びに行く事を脳内で決定した。


「きっとそれ、好きって事だと思うんだけどなぁ……何かが昔にあって、それを、貴方の一番大切な部分が覚えてるんだね?」


 とはいえ、今は目の前の相手との会話が先だ、内心の邪悪な部分は後で相棒に向けるとして、今はキレイな部分を前面に押し出して彼女の相手を行うことにする。


「たいせつな……ぶぶん?」


「うん、そう。早く思い出せるといいね、まっすぐに『好きです』ってケイに言えるようにさ」


 もう一度アイが首を傾げる。その様子を見て、内心では何をやってるんだろーなー私、などと自分の中の乙女チックな心中に何処か空しくなるイリスだった。

 一方で、そんなイリスにアイが質問を重ねる。


「ねぇ、イリス、だれかがすきだと、くるしくなること、あるの?」


 イリスが考え事を中断し、何か彼女を元気づける言葉が無いかと模索する。何だかんだで年下の女の子の相手をした経験が少ない為、上手な言葉が思い浮かばない。

 どのように言葉をかけようか思案し、言葉に間が開く。

 そんなイリスに対面し、彼女の言葉を待っていたアイの脳裏に、いきなり叩きつけるように情景が浮かんできた。


『君も、まぁ僕と似た様なものか』


『楽しい話はできないけどね、それでもあいつらよりはマシだろう? 何か話そうか?』


『自由……か、あったら、一緒に行けると良いね』


『そうか、名前的に考えれば僕より古株なんだよね、君は』


 記憶が流れてくる。掴まれた手、話しかけられた声、自分は何と答えたろう? 自分は何を思ったろう?


 何も思い出せない、知るべき? 知る? 知るって何? この胸の内によぎる物は何だろう? 理解………………できない! 頭が割れるように痛い! 脳髄に、記憶に、心に直接入ってくる! 違う! 脳から! 心から出て行ってしまう! 剥がされる! 痛い! 空っぽになる!


 声が、聞こえた。


『ふむ、調節は多少面倒だが、少しくらいなら良かろう』


『ふふ、それにしても、取り戻すのか? それは辛いだけでは無いのかな?』


「う、うあ! うああああああああああああああああああああああああああああああっ!」


 今まで震えていたアイが、突然叫び声を上げた。突然の絶叫に、イリスが思わず伸ばしかけていた手を腰の魔杖を引き抜き、改めて状況を確認する。

 アイが自分の体を抱きしめる様にして蹲り、がくがくと小さな体が痙攣する。ケイの言っていた発作であると断定。

 サリエルの表面を人差し指で軽く撫で、『術式知覚アーナリー視界イー』を発動、アイの体に起こっているであろう事象を確認。彼女の視界に、彼女にしか見えない解析結果を表示する表示枠が重なる。


 アイの体細胞の異常な活性化を確認、同時に体の中を幾つかの術式が暴れ狂っている事を検知、術式の正体は不明、あまりにも術式として未完成な為、詳細の判断は不可能、身体変化形、身体回復系、召喚系の術式要素を確認。


 術式の解析を全て後回しにし、先に彼女の健康状態及び精神安定が必要と判断。解析をそちらに回し、必要と思われる治癒術式を思いつく限り多重同時詠唱開始。


「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ、ああ、あ、あぁ……!」


 が、それらが発動する前に、アイの全身から力が抜けた。

そのまま床に倒れ込みそうになった為、思わずイリスが受け止める。急に意識をそちらに向ける事になってしまった為、術式の詠唱は途中で止まってしまった。

再詠唱が必要かどうかも含めて、もう一度、体の変化を確認。これと言った変化や、外傷、身体機能の故障や低下が確認できなかったので、『術式知覚アーナリー視界イー』を解除する。


 何か夢を見ているのだろうか? アイの小さな体は、先程の様な病的な痙攣こそしてはいなかったが、額に脂汗を浮かべ、細かく震えていた。


「わ……震えてる。体は問題ないと思うし、大丈夫だとは思うけど……」


 とりあえず、しっかりとアイの体を抱きしめて様子を見る。イリスの予想通り、しばらくするうちにアイの様子も落ち着いていき、気が付けばイリスの胸の中で安らかな寝息を立てていた。


「よし! とりあえず落ち着いたみたい……でも、コレは一体どういう事なのかな?」


 答えが返ってくる筈も無く、何処か不気味な所を感じながらも、イリスがアイの小さな体を何とか抱え上げてとりあえず事務所のソファに寝かせた。

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