フェルミア子爵の三男坊
ルディはフェルミア子爵家の三男として生まれた。
嫡男でも、そのスペアでもない。
本当に何の期待もされずに育ったそうだ。必要最低限の教養さえ身につけていれば、他に望まれることもなかった。
最も締め付けの激しい長兄とそのスペアとして同様に教育される次兄。容姿と愛嬌の良さから特別可愛がられ、周囲の過保護さに不満を漏らしていた弟。
高位の貴族に見初められるため日々努力していた姉や妹。
彼らを憐憫の視線で眺めながらも伸び伸び生きてきたと。
休日には共も付けずに1人で街へ出ていたらしい。
平民の子供たちに混じって遊び回ったり、屋台で食べ歩きなんかもしていたそうだ。
あの頃は本当に自由で楽しかった…と遠い目をして語っていた。
貴族学校に入学してから、彼のそんな日常が一変する。
ルディが、恐ろしく優秀だったからだ。
地頭の良さはもちろん、覚えの早さや頭の回転、発想力や創造性など、たいていの能力が周囲より突出していた。
座学だけでなく、運動能力や魔術・魔導の扱い、マナーや所作すらも完璧だったらしい。
自身が他より優れているという感覚は持っていなかったし、ルディはただただ驚いたそう。
これまでずっと放置されてきたし、家庭教師すらつけられていなかった。
本当に必要最低限しか学んでいなかった。
その必要最低限すら独学で、いつの間にか身につけていたために、両親すら気にしていなかったと。
誰も彼の才覚に気づかずにきた。
学校に通うようになって初めて、ついに顕になったのだ。
貴族学校1年目には学年優秀者に選ばれ、2年目は全校生徒内での最優秀者として表彰された。
3年目では、3年生必修課題である研究発表での成果を、王都の研究者協会から表彰された。
4年目には、卒業論文の内容が色々な団体を巡り巡って陛下の耳に届き、王城にまで呼ばれた。そして、陛下より直接お褒めのお言葉まで頂いてしまったという。
学校3年生の研究内容が研究者協会から表彰されるなど前代未聞のことだった。
当時の貴族間では中々の騒動になったそうだ。
さらに言えば、卒業論文が認められて王城に呼ばれる事。その上、陛下より直接お言葉を掛けられるなど、前代未聞どころの話では無かった。
ちなみに2年生で最優秀者として選ばれてからは、卒業するまで毎年選ばれ続けていた。
1年生で最優秀者に選ばれなかったのは、単に発表機会が無かったためではないかと言われているらしい。
当時、既にいくつもの研究を成功させていたのだ。
機会さえ与えられていれば選ばれていたのは必然だろう、と。
そしていつの間にか卒業後の就職先が勝手に決まっていたらしい。
次期国王の側近、つまり現王太子の側近に。
いつの間にか、勝手にである。
なんて恐ろしい、、、
「是非その才覚で我が息子、アルフリードを支えてやってくれんか」
国王陛下直々のお声がけだったらしい。
こわ、、、
ルディには全く意味がわからなかった。
仲のいい友人や尊敬する先生と一緒になって、夢中であれこれ手をつけただけ。
その結果、何故だかいろんな所で表彰されていたという。
ルディは王家王族になど全く興味がなかったし、側近候補争いはもちろん、権力争いに加わるつもりなどさらさら無かった。
むしろ、卒業後には貴族籍を抜けて平民として生きていくつもりで周囲に打ち明けていたのだ。
それ程に権力に執着がなかった。
子爵家の三男ともなると、扱いや暮らし振りなどそこらの商人と同じかそれ以下である。
実際、家を出て平民となった下位貴族の三男、四男の話はそれなりに聞く。
しかし陛下直々の就職先斡旋となれば、断るという選択肢は存在しない。
内心嫌々従っての事なのに、周囲からは羨ましがられ妬まれた状態でのスタートである。
その上、爵位は子爵位でこれまた嫡男ですらないときた。
高位の貴族からなんだかんだと絡まれる事は確実である。
本来、これを咎めて守ってくれるはずの主君王太子殿下は貴族間、更には平民たちの間でもバカ王子と呼ばれるほどのバカだ。
王子とはルディの2歳年下で、在学期間も被っていたらしい。
多少の交流はあったそうだが、「アレは駄目だ。ほんっっっとうに駄目だ」とのこと。
ルディの両親や親族達は、彼の活躍に狂喜乱舞したらしい。
社交界では彼の話をするだけで鼻高々だったようだ。
ルディとしては、ずっと存在を蔑ろにされてきたことにも特に不満はなかった。
むしろ自由に動ける環境にあって、心底良かったと考えていた。
だが、それでも、少々スッキリしない感情があった事は確かである。
両親の急激な態度の変化があった一方で、5人いる兄弟達の内、何人かとの関係はかなり険悪なものになってしまった。
幼い頃から遊び呆けていただけの三男が、異様に持ち上げられている状況は相当に気に食わなかったらしい。
ルディとしても彼らの努力は見てきていたため、黙ってその態度を受け入れた。
彼が本格的に王太子の側近となる数年前、父親は病を患い隠居している。
そのためフェルミア家の当主はルディを嫌う長兄に代替わりしていた。
長兄は表立って嫌がらせや批判をしてくる事はないだろう。
が、逆に、裏から何らかの支援を受けられるとも思えられなかった。
なんなら、表ではルディの立場や名声を利用し、裏ではしっかり嫌がらせをしてくる。もしくは完全なる無視を決め込むかだろう。
全力で拒否したいのに出来ない。周囲からは疎まれる。
自身の爵位は低すぎて自衛は無理。
家からの有力な支援も見込めない。
出来るだけ対立を避けて、バカ王子以外の後ろ盾を見つけるまではなんとかやり過ごすしかない。
先を思うだけで本格的に病みそうになりながら、自由すぎた学生時代の自分を心底恨んだ。
恨んでも嘆いても、もう遅いことは分かっている。
それでもため息を吐かずにはいられなかったのだ。
こうして、ストレスや苦痛はあっても、やる気は全く刺激されない職場環境で働くことが決定したのだった。
逃げたいルディVS捕まえたい国王側という攻防戦は危機迫るものがあった。
彼の卒業数ヶ月前から卒業にかけての怒涛の半年間は、脚色なしのノンフィクション小説にしても十分売れると思う。
なんならベストセラーになるんじゃないかってくらい面白かった。
彼の話す内容も面白かったが、語っている時の絶望感漂うその姿にも耐えられなくて爆笑してしまった。
その後本気で睨まれたのですぐに素直に謝ったが。
彼が自身の功績について話すときも自慢している風は全く見られなかった。
事実を淡々と述べ、寧ろ心底不思議そうな、もしくは不快感や絶望感しか感じられなかった事も私の爆笑の一因であろう。
そんな彼も、仲間や熱中した研究内容なんかの話は少年のような表情で語る。
それがなんだか微笑ましかった。