カルディス・フェルミア
「お待たせしました。どうぞ。」
とタオルを手渡す。
「ジャケットをお預かりしてもよろしいですか?ハンガーで干していた方が早く乾くと思うのですが。
あと、身体も冷えているのではないかとカイロをお持ちしました。手に握っているだけでも違うと思うので、良ければどうぞ。」
「わざわざありがとうございます。ええ。ジャケット、お願いしますね。カイロもありがたく使わせて頂きます。」
「いえいえ」
「そうだ。少し座ってお話ししませんか?
僕が注文させて頂いたものから、どれかお一つ如何でしょう?
どれも絶品ですよ」
茶目っ気たっぷりな笑顔と共に、彼は言葉を紡いだ。
「いいんですか?では、座らせていただきましょうか。
でも、私は今日のお店の残りを持ってきますね。ご注文された分は存分に食べてくださいな。」
セツもニコニコと受け答えする。
「そうですね。では、そうしましょう。
……ここのケーキは僕の癒しです。」
100年に1度の歴史的豪雨だと言われたある日。
この日を境に、彼、カルディス・フェルミアという子爵家のお貴族さまと親しく接することになった。
そしてその後、彼とは友人になる。
まともに会話するに至るまでの時間と、同じだけの時間をかけて。
単なる好奇心の対象であった彼は、話してみると思いの外お茶目で親しみやすい人物であった。
………失礼、少々美化が過ぎている。
語弊を与えてはいけないだろう。
とりあえず、初対面時の貴族然とした姿は幻であった。
平民たちのように粗野な言葉を発し、表情も豊かでよく怒りよく笑った。
穏やか風笑顔以外の表情筋は、死滅しているものと考えていたのだが。違ったらしい。
さらに人の迷惑も考えず、ダラダラと閉店後も喋り続ける。
かなり面倒な人間ではないか?
そんな彼に引っ張られてか、いつのまにか私の営業スマイルも無くなっている。
お貴族さま相手に、なかなかな態度を取っているし喋ってしまっている。面倒だの、帰れだの。
だが、好きなだけくっちゃべった後の彼の溌剌とした表情。
それを見ると、多少満足気な顔をしてしまっている自覚はある。
なんだかんだと言いつつ。
彼とのお茶会という名の愚痴会は、それなりに楽しい時間となりつつあった。
カフェ"ラピスラズリ"は11:00〜18:30までの営業。
定休日は水曜日。
メニューはスイーツばかりでなく、ランチセットやコーヒーなどもある。
昼食時には男性客も多くて、ありがたいことに大変賑わう。
店内はさほど広くないので、1人でも店を回せないこともない。また、あらかじめ混み合うことが予想される日には、バイトを雇って対応している。
通常営業時も出来れば1人くらい雇いたい。
しかし人件費が……
いや、でも回転率が上がればなんとかなるか……?
セツ、目下の悩みの種である。
お昼時の一番忙しい時には、常連さんが半ばセルフサービスのようにお茶やらお皿やらを運んでくれている。
彼らの手助けのおかげでなんとかなっているのが現状だ。
その間にセツは、新規客の接客に回っている。
「いやぁ。
やっぱりなんとかしなきゃだよねぇ」
ふと店内の時計に目をやると、18:03を指していた。
ルディはいつも、18:00を回り暫くしてから店を訪れる。
…………そろそろだろうか。
カランコロン。
「いらっしゃい。お疲れさま」
視界に捉えた私に対し、コクンと頷く。
そのまま何も言わずにいつもの席へと進んでいった。
ああ…お疲れなんだなと哀れになる。
彼が着席したのを見て、カモミールティーと、それから3つのスイーツをテーブルに運んだ。
「今日はマスカットのタルトとバニラアイスクリームに、これは新作のアップルパイ。どうぞ、ごゆっくり。」
「ありがとう」
この会話の約30分後。
閉店作業をしている私に対し、
「セツ!セツ!このアップルパイまじやばいぞ!!美味すぎる!!!!!」
毎度思うが、お前のそのテンションの落差は大丈夫か。
ちょっと引くぞ?普通に怖い。
「知ってるわ!それ作ったの私だし。
私が店に出してる時点で美味すぎるのは至極当然!!」
でもまあ、褒められて悪い気はしない。
とりあえずドヤ顔で胸を張っておく。
そりゃ前世のプロのパティシエなんかに出て来られれば、大敗すると分かっている。
だけど、この世界で私が美味しいと思えるお菓子を作っている人を、今のところ私しか知らない。
こちらでのお菓子といえば、基本的に砂糖じゃりじゃりギラギラの激甘テロが発生している。
はっきり言って不味い。
というか、あれはお菓子ではない。金持ち達の自己顕示欲の象徴だと思っている。
美味さを求めて作られるのではなく、高価な砂糖をいかに手に入れられるのか、入手ルートの獲得・保持力や資金力を示しているだけなのだ。
ちなみにだが、私の作るお菓子はお菓子として認められていない。
なんと言うのだろうか。
お菓子とはまた全くの別物として、別枠に存在している、というか。
「平民が食べる質素な甘味」と言う認識で、麺類の中のうどんと蕎麦みたいな?
で、うどん派の人は蕎麦の事を下に見ていて、蕎麦派の人はうどんを一度も食べたことがないから食べてみたいと憧れてる、みたいな?そんな関係性。
ま、つまりは、激甘テロに慣れたお金持ちは、優しい甘さには興味がないらしい。
ほんとにもったいない。
「てかさ、今日のルディ特にやばかったよ。
またなんかあった?」
「そぉーなんだよ!!聞いてくれてるか!?!?
またあのバカだ、ほんとこの国の未来は大丈夫かっての!!」
おおお、語調がいつにも増して強いな。
今日は長丁場になるぞ………と、密かにため息を吐く。
「あー、またあの王子サマ?今度は何やらかしたの?」
「王家の予算で女に貢いだ」
……バカか?
うどん、蕎麦の例は完全にテキトーです。
うどん好きは蕎麦のこと見下してるとか、全然全く思ってませんから!!