トム
所在なさげに立っていた青年に目を向ける。
「一旦3人でお話した方が良いと思います。店側に案内しますね。私は厨房に居ますので。」
厨房と店との区切りにある扉を開けつつ、声をかける。
「じゃあ、後で何か持ってくから。」
「申し訳ない」
今日会ってから、テオってば謝罪の言葉しか吐いてないんじゃない?
そんなに気にしなくていいのに。
寧ろリアの堂々とした姿こそ、いっそ清々しくて良いよね。
あの青年も私のことガン見するだけで、何も言わないし。
テオは苦労人だなぁ。
店でお客さんに出す時と同じように、ティーポットと、カップを人数分。
そして、昨日から用意していたクッキーと、パウンドケーキ3種類を皿に盛り付けた。
いざ3人の元へ持って行こうとすると、リアの大声が聞こえた。
「だから!!!!!
なんで来てんのって聞いてんでしょ!!いつも通りあの子に引っ付いていれば良いじゃない!!」
……店内に入ってまだ数分なのに、ヒートアップするの早くない??
「なんとなくだ!!!」
ん?答えとんでもなくバカっぽくないすか。
「邪魔されたくないの!私はココに癒されに来てんの!!わかる??分かったら帰れ!!!」
「ほぉ。ますます気になるな。
何がそんなに癒されるのか」
「……だめだこりゃ」
まじか。リアが折れた……
「セツ、入ってきて良いぞ」
テオに声をかけられた。
「ごめん。盗み聞きしちゃってた。
言い訳してもいいなら、入っていくタイミングが難しくて…」
「いや、大丈夫だ。そうだろ?」
まあ、とリアが頷く。
「では、自己紹介させてもらおうか。
そうだな、私の名はトムだ。よろしく。
ああそれと、ついでに言うなら、そこのリアの婚約者で、テオは未来の義弟だな」
え??????
「リアの婚約者…ですか?」
そうだが?となんでもないように青年が言う。
「え!?!?!?」
リアが誰かの婚約者って全くイメージが湧かない。
まあ貴族なら勝手に決められてってパターンも多いのかもしれないけど。
というか、この2人って兄弟だったんだ…
幼馴染とか、もしくは従者とお嬢様とか、もし兄弟だったとしても、テオが兄でリアが妹だと思っていた。
…………トムってなんだよ。
偽名なの丸わかりじゃねぇか。
まあいいけどさ。
「はぁぁぁ。いろいろ新事実だわ。」
「ねぇセツ。でも気にしなくて良いわよ。コレは今後ここには来ないから」
「は?なぜだ?」
「来させないから。」
「なぜ?」
眉間に皺を寄せて、苛立ったように「来させないから」を連呼するリア。
いつもの、のほほんとした雰囲気とは打って変わって、険悪なムードを醸し出している。
「まあまあ、リアもその辺にしておいて。
試作品なんだけど、今回のはパウンドケーキなんだよね。さ、感想聞かせて。
トム様も是非。」
セツの明らかに話題を変える言葉に、リアも渋々頷いた。
「わかった。食べても良い?」
「良いよ良いよ!どんどん食べて!」
トムも少しホッとした表情を見せて、フォークを手に取った。
堂々とした態度ではあったが、多少の居心地の悪さは感じていたようだ。
「美味しい!」
リアが目を輝かせる。
「おお、美味いな。俺はこの1番左のやつが好きだ」
テオも顔を綻ばせながら咀嚼する。
トムはというと……
「う、美味い!!!!!!」
むしゃむしゃと、貴族というより、飢えた野良犬のように貪っていた。
「そんなに急がなくても、大丈夫ですよ。
見た目が悪くていいなら、焦がしてしまったものもあります。
お土産に渡そうと思っている分だって。」
思わず声をかけても、貪る手は止まらない。
「む、こっちはなんだ?」
「クッキーといって、テオとリアが好んでくれているお菓子です。
作り方も簡単ですし、手軽に食べられるので普段からよく作りますね」
「ほぉ。」
また、むしゃむしゃと手と口を動かす。
この人、いつもこんな感じな訳?
テオ、リアに目線を向ける。
「いや、これは…」
「うん、そうだね…」
???
「昔から、何か気に入ったものとかハマったものが出来ると、周りが見えなくなるタイプでさ」
と、テオ。
「一心不乱にって言葉はこの人のためにあるんだと思ってた」
と、リア。
「えっと。じゃあ相当お気に召したってことで良いの?」
「「まあそうだね」」
なんでそんなに嫌そうにしてるんだろう…
2人の反応、かなり怖いなぁ
「でもトムって食に興味ないから、こうなるとは予想してなかったわ。
食べられればなんでも良いだろうって、前に言ってたし。」
「へぇ。よっぽど口に合ったのかな」
ひと段落済んだのだろうか。
不意に手元から目線を上げたトムが、とんでもないことを言い出した。
「君、私の家で働かないか?」
ん??
「十分な給金だって保証するし、設備だってきっちり整えてやる。職務条件も、君との話し合いで、ある程度の譲歩だってできるぞ」
え??
「どうだ?悪くないだろう?平民街で日夜働くよりも、私のためにこれらを作った方が、労働環境としてかなり良いのは間違いない」
は??
「決まりだな。契約書を結ぼう。」
んえ????
「おい。」
急に立ち上がったテオが、トムの襟首掴んで男子トイレに引きずっていった。
「すぐ戻るから」
と言い残したテオの様は、かなり怖かったです。
「ねぇリア、あれ大丈夫なの?」
「大丈夫。トムが全面的に悪いから。
………昔、私たちが家に来てほしいって勧誘した時も断ってたけど、今でもその気持ちは変わってないよね?
もしかして、トムの出した条件に揺れてたりする??」
「いや、ないかなぁ。
ありがたいことだとは思うけど、私はここで店を続けていたいし」
「そっか。よかった」
あとさ、トムに気を遣わなくて良いよ、とポツリと言った。
「カップ差し出す時は最初にしたり、座ってもらう位置は上座にしてたり。ちょっと気を遣ってるでしょ。
いらない要らない。あんなヤツには必要ないよ」
「ええ?だって…」
「あと敬語もなし。なんかムカつくから」
「えええええ」