カフェ店主、セツ。
「すみません」
「はーい!ご注文どうぞ」
「ガトーショコラとショートケーキとモンブランに、あとカモミールティーもお願いします」
「かしこまりました。少々お待ちくださいませ」
裏の厨房へ回り、注文されたケーキ達を決められた皿に盛り付ける。さらに、ティーカップとポットも用意する。
「お待たせしました」
「ありがとう」
「いえ、ごゆっくり。」
にこりと営業スマイルを浮かべ、静かにテーブルから離れた。
私、セツ・ディラーはカフェを営んでいる。
街で開かれているお店は家族経営のものが多い。しかし私は1人で切り盛りしている。
両親と妹は馬車に轢かれて3年前に亡くなり、天涯孤独の身となったためだ。
少しだけヘビーな人生の他には、特筆すべき点など何も無い。
平凡な私である。
しかし、一点だけ明らかに特異な部分がある。
そう、前世の記憶を持っている点だ。
幼い頃から、様々なことに異様なほどの興味、関心を示していたらしい。
多くのことを両親や近所の大人達に質問しては、みんなを困らせていたと。
子供のなぜなぜ期にしても、本当に本当に酷かったそうな。
「どうしてドラゴンの上に人が乗って飛んでいるの?」
「どうして月が二つあるの?」
「どうしてマジックアイテムなんてものがあるの?」
「どうして家の鍵を閉めると扉が光るの?」
この他にも、どうして?どうして?…と。
優しい両親を困り顔にする天才だったと自負している。
だが、彼らは面倒くさがる様子も見せず、ひとつひとつ丁寧に説明してくれた。
なんと出来た大人だ。
「あれはね、王都の兵隊さんが訓練をしているんだよ。かっこいいね。」
「あれはね、白月と、もう一つは青月というのよ。青月は美しい白月に魅入られて離れる事ができなくなったんだってお話もあるわね。」
「あれはね、昔々の大賢者様や聖女様が頑張って研究して、やっと作り出して下さったんだ。
だからこそ今、みんなが沢山のアイテムを使って、便利に生活できているよね。」
「あれはね、結界を掛けてくれるマジックアイテムよ。悪い人が家に入ってきたら、悪い人がいるよ!って光って教えてくれるのよ。」
穏やかな両親と明るく元気な妹と共に過ごしてきた。
それはそれは、とても温かな日々だった。
そのおかげだろうか。
自分に前世の記憶があると分かっても、それほど混乱することは無かった。
私の中では、前世は前世、今世は今世、とはっきり線引きがある。人の生涯を描いた一本の映画。
これを半ば強制的に見せられた、という感覚だったからかもしれない。
つまり、前世の知識はあっても、感情はほとんど受け継がれていなかったのだ。
この点はホントに良かった。
前世を思い出して号泣事件とか、色々やらかしそうだし…
ああ、それに、割と真剣に悩んだ事もある。
記憶を取り戻した当初は、これは意味があるのか?必要なのか?って。
だけど、いち平民に出来ることなど少なかろう、なんなら皆無であろう、と考える事を放棄した。
さらに、前世の知識を使えば、多少裕福な暮らしができるようになるのではないか?
だけど、その為に国やら何やらとやり取りしたり、戦争だの何だのを引き起こしてしまうかもしれない。
そんな可能性に、身体が震えたこともあった。
色々考えた結果、この世界の暮らしぶりや常識を逸脱はしない。
だけど、自分が面倒に巻き込まれない範囲では、知識を有効活用しよう。
そんな考えに落ち着いた。
結局は何も細かな事は考えられていないんだけど、ただもういいや、と怠くなってしまっただけだ。
開き直った、とも言える。
まあ、前世の記憶があったからこそ、両親がやっていたカフェをそこそこ繁盛させることができている。
さらに家族亡き今、そしてこの先、1人でも食っていけるだろうと予測できるだけの売り上げの維持に、その知識は大いに貢献している。
当初、神の気まぐれを恐れたこともあったけれど。
今では純粋な感謝に変わっている、かな。
この世界は、前世の記憶を持つ私の好奇心を、すこぶる刺激する。
ここに生を得てもう17年。
だけど、まだまだ退屈を感じる気配はない。
いい加減見慣れたはずの街を歩いているだけでも、1日に何か一つは新しい発見がある。
私の暮らす街が、国内で最も栄えている首都であることも影響しているのだろう。
私の好奇心は止まらない。
色んな国からやって来た多くの旅人、商人、貴族、修道士。様々な姿をした亜人、魔人、妖精。
そして何よりも魔法!
前世でも憧れた魔法がこの世界にはあるのだ。
正確には魔法ではなく魔導や魔術というらしいが、正直どっちでも良い。
マジックアイテムは人々の暮らしにとても身近な存在だ。
魔導士や魔術士の使う呪文や回路を簡略化し、効果を弱めて作られる。現代日本での日用家電に近いものが多い。
既にたくさんのものが浸透しているのだが、今でも日夜多くのアイテムが研究・開発されている。
マジックアイテムも素晴らしいが、その元となる魔導や魔術は何度見ても素晴らしいと感じる。
街を歩いていると大道芸人がショーをやっていたり、気のいい魔導士が何か見せてくれることだってある。
飲食店にいる魔導士達をよくよく見ていると、話し中や食事の際には、何かと決まり事があるようなのだ。
観察しているだけでもとても面白い。
前世では、平和ボケしているとさえ言われる国で生まれ育った。
そのせいか、危機管理能力が絶望的に欠如しているらしい。
わき起こる好奇心に抗おうともせず。
その行動の危険性について何も考えようともせず。
好き勝手にフラフラと動くことが多かった。
その結果、案の定色々と問題を巻き起こすことになる。
周囲の大人たちにその都度怒られはしたが、残念ながら、なかなか行動を改めることはなかった。
やはり、好奇心には抗えなかったのだと言い訳をしておこう。
しかしまあ、なんだかんだあったのだ。
わき起こる好奇心を、なんとか抑える日々がここ5年ほど続いていた。
もちろん、心の中ではその思いを楽しんでいたが。
家族を失ってからは、自分は血縁はなく後ろ盾もない小娘なのだと、これまでよりも深く自覚することになる。
表面上の態度も更に硬化して、その様子がより顕著になってしまったと自分でも思う。
そんな私の、最近最も心惹かれる好奇心の対象。
ーーーーーー先程注文を受けた、あのお客さんである。