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9月の最初の週にキャシーの結婚式に参列し、翌週にはブリトニーの式に出た。8月中にも他の同級生の式が続いていたので、同じメンバーと何度も顔を合わせることになった。
あまりに続くので「こんなに続くと、なんだか感覚がおかしくなるわね」と言うと、「貴族の娘が学園を卒業する年は、だいたいこんなものよ」と母は笑っていた。
「一番、最後だから、みんな飽きちゃうんじゃないかしら」
「最後でいいのよ。ケヴィン様は第二王子なんですもの。王族の式の後に自分の式を挙げる人の身にもなってごらんなさい」
冗談交じりの母の言葉に「確かにそうね」と笑い返した。
「お嫁に行くわけじゃないけど……」
エアハート侯爵家を継ぐのだから、フェリシアはずっとこの家の娘だ。それでも、当面は新しい屋敷に移り、ケヴィンのもう一つの爵位であるブラッドフォード公爵夫人として社交界に出ることになる。
翌週に迫った結婚式の準備をしながら、こうして母と過ごす時間もあとわずかなのだと思うと胸がいっぱいになった。
「晴れるといいわね」
母の願い通り、結婚式当日は雲一つない青空が広がった。秋の気配を漂わせた空はとても高い。
「おめでとう、フェリシア」
「おめでとうございます、ケヴィン殿下」
「ブラッドフォード公爵夫妻、ばんさい」
教会から屋敷に向かう馬車に、大勢の人たちが祝福の言葉をかけてくれた。
新居の瀟洒な舞踏室で盛大なパーティーを開き、夜が更けるまで笑いさざめく声の中にいた。
「そろそろ花婿と花嫁を二人きりにしてやろう」
バーニーが声を上げ、ようやく一人また一人と屋敷を後にしてゆく。
「フェリシア、本当におめでとう」
ワイス夫人を思わせるキリっとしたドレス姿のレイチェルが祝福の言葉をかけてきた。ケヴィンのまわりにだけ人が集まるのを見て、そっと耳打ちしてくる。
「メイジーに会ったわ」
「え、どこで?」
「この前、ある詩作の賞の発表があったの。その会場で」
「入賞してたってこと?」
レイチェルは首を振った。
宮廷詩人への登竜門とされるその賞には、採用を希望する人たちが毎回何十人、何百人と応募してくる。学園卒業後の貴族の娘や貴族以外の娘が宮廷詩人になるには、その賞を取って、王室の出す選詩集に選ばれることが最低条件だからだ。
「夢を捨てきれないで、ずっと応募し続ける人たちが大勢いるの。中には、入賞してないのがわかっていても、表彰式が行われる会場の外に集まる人も……。自分が選ばれないのはおかしい、何かの間違いじゃないのかって言ってくる人もいるみたい」
その人たちの中に、メイジーもいたのだという。
レイチェルに気づくと親しげに声をかけてきたと聞いて、フェリシアは少し驚いた。けれど、同時に、まるで自分もレイチェルと同じ宮廷詩人であるかのように堂々と振る舞うメイジーの姿も、はっきりと目に浮かんでしまった。
「才能があっても、運がない人がいるのは知ってるわ。その人たちは、諦めないほうがいいと思う。でも、そこまでの力がないのに夢を捨てきれない人や、そのせいで人生を棒に振る人もたくさんいるって上の人たちも言ってた。特にメイジーは……」
ワイス夫人の講評は多くの人の間に広まっている。
「メイジーが、もし誰かの詩を盗んで傑作を書いても、審査員の誰かが夫人の講評を覚えてる。メイジーの名前を知ってる人がいなくても、ものすごく出来のいい部分と雑な部分がある詩を警戒するようになってるの」
表現の模倣について、以前より厳しい目が向けられるようになっているという。
「それに、万が一、途中まで残ったり、最悪、選詩集の候補になったとしても、最後はワイス夫人が落とすわ」
メイジーが夢を見るのは勝手だが、夢は夢で終わるだろうとレイチェルは言った。
年をとって身寄りもなく、暮らしの糧もなくなって、ようやく自分には力がなかったのだと気づいても、もうどうにもならないのだと言い、最後に憎しみを込めて呟いた。
「いい気味よ」
おめでたい日なのにごめんなさい、と言ってレイチェルが去る。
多くの客が暇を告げていた。広間は閑散とし始めている。
「後は執事に任せて、そろそろ休もうか」
ケヴィンに腕を取られて頷いた。
中央の階段をのぼりながらケヴィンが大きく息を吐く。
「緊張するな……」
フェリシアの心臓も、さっきからドキドキしっぱなしだ。
「ケヴィン、愛してるわ」
唐突に言葉が零れた。
濃い茶色の瞳を見開いて、ケヴィンがフェリシアを見下ろす。
「僕もだよ、フェリシア」
「私たち、幸せになれるわよね」
「もちろんだ。約束するよ」
必ず幸せにすると言って、ケヴィンが抱き寄せてくれる。
軽くキスをしてから、微笑み合う。
ふとフェリシアは思った。
「それにしても、運命の巡りあわせって、不思議ね……」
「急に、何?」
「だって、メイジーの存在がなかったら、私、きっとサイラスと結婚してたわ」
「そうか。確かに……」
メイジーも少しは世の中に影響を与えているというわけだ、とケヴィンが複雑な顔で呟く。
たとえ、誰からも相手にされなくても、と少し意地悪く続けた。
いてもいなくてもどうでもいいとローズマリーは言う。
レイチェルは、未だにメイジーを許せていない感じだ。
フェリシアは……。
まだ複雑だ。
それでも。
「なんにも意味がないものなんて、世の中にはないのかもしれないわ」
そうかもしれないねとケヴィンが頷く。
「でも、もう僕たちには関係のない人だ」
フェリシアも頷いた。
メイジーと関わることは、もう二度とないだろう。
許すことも憎むことも、幸福を願う気持ちも不幸を望む気持ちもない。
そう思いながら、なんとなく、メイジーは一生変わらないのだろうなと思った。
だから、どこか諦めに似た気持ちで思う。
人生を棒に振るなり、どこかでやり直すなり、後は勝手にやればいい。
それが、メイジーについて考えた最後の記憶になった。
「フェリシア、愛してるよ」
もう一度、愛の言葉と優しいキスを受けながら、フェリシアはフェリシアの人生を精一杯大切に生きればいいのだと、改めて思った。
ー了ー
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