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 アクランド王国の外れも外れ、社交界どころかろくに人も住んでいないド田舎の土地に、ヘイマー侯爵夫妻とサイラスはやってきた。

 ほとんどの土地と建物が差し押さえられる中、抵当に入れることさえ忘れていた屋敷がその土地に残っていたからだ。


 贅沢を極めていたヘイマー夫妻から見たら取るに足りない屋敷でも、そこは一応貴族の持ち物だけあって、近隣の建物の中では立派な造りをしていた。


「まったく、あのダフニーという女には呆れたわね」


 埃避けの布を自ら外して、古ぼけたソファにどさりと腰を落としながら、ヘイマー夫人が口元を歪めた。


「娘の嫁ぎ先に転がり込む魂胆だったなんて」

「だいたい、いつ我々が、あの娘をわがヘイマー侯爵家の嫁にするなどと言ったんだ」


 ヘイマー侯爵も憤然と言い放つ。別の椅子の布を剥がして、どっかと座り込んだ。


 エアハート家との婚約が解消になった時、恥をかくのが嫌だと言って婚約を急いだのはいったい誰だと、サイラスは内心で思った。


「王の前で、他人の詩を盗んだ者がいると言われたんだぞ。名前を飛ばされたところで気づくものだろう。それを平気な顔で前に出て、あれでは犯人は自分だとわざわざ言ったようなものだ。どういう神経なんだ。バカなのか」

「バカなんでしょうよ。ゴテゴテしたみっともないドレスを着て、サイラスがエスコートさせられてるのを見て、私がどんなに恥ずかしかったか」

「フェリシアが自分を仲間外れにするだの、悪い噂を流しているだのと言っていたが、そうやって同情を引くのが、あの娘のやり方なのだろうな」

「すっかり騙されて、同情したのがバカみたいだわ」

 

 同情だったのだろうか。メイジーのことを話し、あの親子を屋敷に招いた時、確かに両親はメイジーの話に同意していた。けれど、それは単に、同じ相手を罵ることで気分をよくしていただけではないだろうか。

 それに、父と母がメイジーに親切にしたのは、ゴダード男爵家の財産という目的があったからだ。利用できると思ったから、愛想よくしていただけだ。


 持参金という名の、両親にとってははした金と呼べる金を持って訪ねてきた二人を、この両親はゴミでも見るような目で見下ろしていた。

 なんの価値もない相手には時間を使うことさえ惜しいと言うように、『お引き取りください』と冷たく言って追い出した。


「サイラスもサイラスだ」

「そうよ。あなたがしっかり調べないから、おかしなことになったんじゃない」


 そもそもフェリシアとの婚約を棒に振ったのが失敗だった。せっかくうまくいきかけていたのにと、過去の話を持ちだして「おまえがフェリシアとうまくやらないからだ」と、今度はサイラスを責め始める。

 役立たずとまで言われて、さすがにサイラスも腹が立ってきた。


「エアハート侯爵に向かって『話にならん!』と怒鳴ったのは父上ですよ。婚約を解消すると明言したのも父上です」

「それはおまえが、しっかりフェリシアを捕まえておかなかったからだ。援助の話も全く進んでいなかったし……」

「そもそも僕に金の無心をさせたことも、侯爵の評価を下げた一因だったと思いませんか。だいたい、なんで僕が頭を下げなきゃいけなんです」

「おまえはヘイマー家の長男だ。家のために働くのは当然だろう」

「そうでしょうか。僕はヘイマー家を出されて、エアハート家に婿入りすることになっていたはずです」


 言いながら、サイラスは、なぜ自分はヘイマー家のために、というよりも、この両親のために頭を下げる必要があったのだろうかと考え始める。

 エアハート家に婿入りするなら、ヘイマー家がどうなろうとサイラスには関係ないではないかと。


「借金をしたのは父上と母上です。僕はもう尻拭いをさせられるのは、ごめんです」

「なんだと」

「こんなところについてきて、僕はどうするつもりだったのか……」


 だんだんと、いろいろなことが理不尽に思えてくる。


「継ぐようなものは何もないのに、父上と母上にくっついている理由なんて、何もないはずだ」


 がらんとした部屋の入口に立ったまま、父と母を見下ろした。


「サイラス、私たちを捨てるつもりなの」

「最初に僕を捨てたのは父上と母上ですよ」


 長子でありながら、金のために婿に出ろと言われた。ずっとヘイマー家を継ぐのは自分だと信じて生きてきたのに。


「どうせ、ヘイマー家はもう終わりです。ここにいたって何にもならない。僕も王都に戻って、弟たちのように仕事を探します」


 学園を卒業することもできずに社会に出ることになった二人の弟たちは、王室の下級職員として働くことになった。

 爵位を継げないことはわかっていただろうが、下の弟ジェフリーはまだ十四歳だ。マヌエルにしても十六歳になったばかり。侯爵家に生まれて、その年齢で働くことになるとは思いもしなかっただろう。


 しかも、あれだけ贅沢に育てられて……。


「マヌエルやジェフリーが可哀そうだとは思わないんですか。僕が働いて、あいつらが十八になるまで、せめて教会の学校ででもいいから、勉強をさせてやります」


 父と母は驚いたようにサイラスを見た。


「サイラス、私たちはどうなるの」

「母上がこっそり隠している宝石がいくつかあるでしょう。それを元に何か事業でもやったらどうですか」

「そんな、これは私の……」

「やっぱり持ってたんだ。マヌエルやジェフリーの学費にしてやろうとは思わなかったんですか」

「だって、これもなくしたら、何を着けて教会に行けばいいの」


 サイラスは何も言う気になれず、視線を母から父に移した。


「私に働けと言うのか」

「父上はまだお若い。やろうと思えば何でもできますよ」


 両親に厳しい言葉を向けながら、サイラスは心の隅でエアハート侯爵とのやり取りを思い出していた。

 

(こういうことを、言ってらしたのだ……)


 今さらわかってももう遅いとため息を吐く。

 けれど、すぐに思い直した。


(一生わからないでいるよりは、マシかもしれないな……)

たくさんの小説の中からこのお話をお読みいただきありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
サイラスくん。 色々言いたいことはあるが、『目が覚めて良かったね!』。
[良い点] 親から植え付けられた価値観とかって幼少期からのものだからそう簡単に変わらないし、ある意味被害者でもあるサイラスがまともな道に行けてよかったです…彼は才覚は人並みよりはあるはずだから頑張って…
[一言] 全く改心も反省もしないキチガイ女がいるから、現実に立って生き足掻く決意を知てくれただけで眩しく感じる。 にしても、先代までは危ないながらも侯爵家として遣り繰りしていただろうに、当代はここまで…
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