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夏の夜空に満月が浮かんでいる。
地上では広大な王宮を彩る無数の光が星のように輝いていた。
きらびやかな装飾を施した馬車が次々と壮麗な門をくぐり、正装した紳士淑女が大きな石の建物に吸い込まれてゆく。
卒業を祝う舞踏会から二週間。今夜はアクランド王国の第二王子ケヴィンの婚約を披露する舞踏会が開かれていた。
「おめでとう、フェリシア」
「ケヴィン殿下、おめでとうございます」
「ありがとう」
大勢の参加者に祝福され、フェリシアはケヴィンとともに挨拶に回っていた。
第二王子であるケヴィンは、自身が受け継ぐブラッドフォード公爵の地位と兼ねる形で、エアハート侯爵家の次期当主になることを認められた。将来的には二人の間に誕生する子どもたちがそれぞれの爵位を受け継ぐことになるだろう。
エアハート家にとって、ケヴィンを迎えることはこれ以上ないほど名誉で素晴らしいことだ。
貴族の娘として育ったフェリシアには、それが大切なことが十分わかっている。けれど、それ以上に、ケヴィンと出会えたことは奇跡のようだと感じていた。
人として魅かれている。
おそらく男性としても愛情を感じている。
笑顔を向けられるとドキドキするし、ケヴィンのそばにいるだけで幸福な気持ちになれるのだ。
そのような相手と結ばれることに、深い感謝を抱かずにいられない。
人々の祝福に心から「ありがとう」と答えながら、舞踏室の中を歩き続けた。
最後の方はさすがに少し疲れてきたけれど、嬉しい気持ちは少しも損なわれなかった。
音楽が奏でられ、最初のダンスをケヴィンと踊る。
それから後は、少し自由になった。
レイチェルとキャシー、ブリトニーの三人がやっと近くまで来ることに成功し、改めて祝福の言葉をかけてくれる。ケヴィンが軽く背中を押して「ゆっくり話してくればいいよ」と、テラスに逃がしてくれた。
三人に会うのは卒業式以来だ。しばらくぶりに会えた友人たちとおしゃべりに花を咲かせる。
キャシーとブリトニーの結婚式の日どりと、招待状を送ったことを直接聞いた。
レイチェルは官吏の試験に合格し、宮廷詩人と兼任で王室に勤めることが決まったという。
「みんな、順調ね。本当によかったわ」
お互いの幸せを祝福し合い、なごやかな時間を過ごした。
「ところで、サイラスの家のことだけど……」
やや遠慮がちにキャシーが言った。
ブリトニーとレイチェルが心配そうな目を向ける。
「本当なの?」
「ヘイマー家が破産するなんて……」
フェリシアは何も答えられなかった。
叔父のバーナードとメイジーの母親であるダフニーの離婚報告書類を、喜び勇んで父が王宮に届けたのが先週の半ば頃。
週末にはヘイマー家が破産したことを聞かされた。
フェリシアにそのことを伝えた父は少しも驚いていなかった。なるべくしてなったことだと言って肩をすくめたただけだ。
数日のうちに噂が立ち、日曜礼拝後のそぞろ歩きで一気に広がった。いまや知らない人はいないのではないかと思うくらいだ。
それでも、みんな信じられないらしい。「あんなに羽振りがよかったのに」と誰もが驚いている。
メイジーとサイラスがどうしているか聞かれたけれど、「知らない」と答えるしかない。
実際に何も知らないのだ。
叔父と義叔母が離婚したことを告げ、メイジーは義叔母の娘だったのでエアハート家との縁も切れたのだと伝えた。
「じゃあ、本当の従姉妹じゃなかったの?」
三人はなぜか「それを聞いて安心した」と言った。
メイジーへの態度について、どこかでフェリシアに申し訳ないと思っていたという。
レイチェルが「いい気味よ」と呟いた。
「今日はフェリシアのお祝いの席なのに、毒を吐いて本当に悪いと思うわ。でも、私やっぱり、メイジーのことは死んでも許せない」
ごめんね、と困ったように笑うレイチェルに、フェリシアはただ首を振った。
フェリシアの中にも、まだ黒いわだかまりがある。
レイチェルの痛みもよくわかるのだった。
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