表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

41/48

(41)

「なぁ、いつダンナと別れるんだよ」


 王都の外れのうらぶれた宿屋で、ゴダード男爵夫人であるはずのダフニーは昔の夫と密会していた。


「うるさいわね。もうちょっと待ってよ」

「慰謝料がたっぷり入るんだろう。同じ男爵家でも、ゴダード家はかなり儲かってるっていうからな」


 ダフニーの元夫レックス・モグリッジも男爵だった。

 貴族とは名ばかりの下級役人。しかも酒場の女給だったダフニーがメイジーを身ごもると、結婚はしてくれたものの、すぐに仕事をやめてしまった。


 父親が死んで爵位と家を継いだから、数年はなんとかなると言って。


 しかし、もともと没落しかけていた男爵家には財産などないに等しく、ささやかなそれも、気が大きくなったレックスがあっと言う間に使いきってしまった。


 メイジーが生まれるまでダフニーは働いた。

 赤ん坊を抱えて働けなくなると喧嘩が絶えなくなり、気づいた時にはレックスはほかに女を作ってどこかへ行ってしまった。

 身体つきは貧弱で、別に顔がいいわけでもないのに、なぜかこの男は女性に取り入るのだけはうまいのだ。


「平民のおまえを最初に男爵夫人にしてやったのは、この俺なんだからな」


 たいして魅力もなくなったダフニーの身体をまさぐりながら、レックスは「忘れるなよ」と念を押す。

 こんなクズとは切れたほうがいいと、頭ではわかっている。

 なのに、ダフニーはどうしてもレックスと会うことをやめられなかった。


 バーナード・ゴダードはダフニーの口車に乗って同情だけで結婚してくれたが、夫婦としての愛情をかけてくれたことはなかった。

 夜の営みは皆無。ダフニーが、それで構わないからメイジーに貴族の娘らしい暮らしをさせたいと泣きついたのだから、文句を言う筋合いではないけれど。


 それでも、元々尻の軽いダフニーはいつしか不満を持ち始めた。

 当てにしていた男爵家の金が、ちっとも自由にならなかったことも不満を増大させた。


 ある日、ひょんなことからレックスと再会すると、流されるように逢瀬を重ねるようになってしまった。

 中年になった自分の相手をしてくれる男はレックスくらいしかいない。それがわかっていたせいもあった。

 レックスをつなぎとめるために「別れたら慰謝料が入る」と、ダフニーはたびたび口にした。


 ただ、最近まで、ダフニーには離婚する気が全くなかった。


 事業での収入が順調なゴダード家の夫人でいれば、自由になる金はわずかでも、それなりに豊かな暮らしができる。

 一方、バーナード自身が財産を持っているわけではないので、別れたからと言ってたいした慰謝料はもらえないだろうと踏んでいた。

 メイジーの持参金だって財産と呼べるほどのものにはならないだろう。


 庶民にとっては大金だが、貴族の世界でははした金。

 宝石をいくつか買えば終わり。その程度の金だ。高が知れている。

 

 だから、別れるのは得策ではない。

 ずっとそう思っていた。


 しかし、ここへきて状況が変わった。

 メイジーがサイラスと結婚することになったのだ。そうなると、話は別だ。


 一度だけ招かれたヘイマー家での、贅沢な暮らしぶりが忘れられない。

 百人は超えるという使用人の数。真新しい壁紙と豪奢なカーテン。銀に金の飾りがついたカトラリーや、ヘイマー夫人が身にまとう最新流行のドレス、宝石の付いた指輪、髪飾り、首飾り、孔雀の扇、ありとあらゆるものが豪華絢爛できらびやか。

 屋敷中が輝いて見えた。


 メイジーの持参金のほかに自分への慰謝料でも持って、うまくあの家に入り込むことができたらどうだろうと想像する。

 ダフニーの老い始めた顔に、笑みが浮かんだ。

 

 レックスという男は正真正銘のクズで、しょっちゅう「俺と会ってることがバレたら、慰謝料どころじゃなくなるな」と言って、ダフニーを脅す。

 慰謝料が入るまでのつなぎだと言って、ダフニーから金を毟り取る。


 離婚してしまえば、そんな脅しに怯えることもなくなるだろう。


 それに、とダフニーは思う。

 

 エアハート家の人たちは、最初のうちこそ親切だったが、最近ではすっかりダフニーとメイジーに冷たくなった。

 社交の場にも、一切誘ってくれない。

 侯爵家での華やかなパーティーやお茶会や晩餐会がダフニーは恋しかった。

 自分で開けばいいのだが、貴族らしい貴族の知り合いはいないし、やはり侯爵家と男爵家では格が違いすぎる。


 ヘイマー家で暮らすようになれば、華やかな社交の場に再び参加できるに違いないと思った。


(離婚したほうが、得かもしれない)


 バーナードと出会ってレックスと別れた時のことを思い出す。

 チャンスを逃してはいけない。

 素早く動くことが大事だ。そうすれば、きっとうまくいく。


 何か同情を引くような話を作り上げて……。


(そうだわ。メイジーが恥をかいた、あの件。あれを、利用しよう)


 学園の卒業を祝う舞踏会で、盗作だか何だかをしたと言いがかりをつけられて、メイジーが恥をかいた。

 本当なら、王の前で詩の批評を受けることになっていたのに。


 あの一件を利用して、恥をかかされた上にそれを理由に離婚されたことにしよう。

 エアハート家の人たちも介入して、寄ってたかって責められたことにしてもいい。 

 サイラスとフェリシアの破局のこともあるから、ヘイマー家もエアハート家には遺恨があるはずだ。


 レックスが余計なことを言う前に、さっさと離婚してしまおう。 

 ダフニーはひそかに心を決めた。 

たくさんの小説の中からこのお話をお読みいただきありがとうございます。

下にある★ボタンやブックマークで評価していただけると嬉しいです。

どうぞよろしくお願いいたします。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] ダフニーさんの悪い見本としての突き抜けっぷりが凄すぎて…… [一言] 今話の最初から最後まで脳内で『ヒェ〜〜〜ッ』と言いながら読んでました……
[一言] この母にしてこの娘あり ある意味、メイジーはダフニーの被害者·····
[一言] スカッと系動画によく湧く害虫になったか(笑) 害虫駆除作業は既にいつでも出来るように手配されてんだろうな〜
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ