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 何曲か踊り終わった頃から、パートナーを代えて踊る者が増えてきた。

 メイジーはもっと踊っていたかったが、サイラスは別の令嬢たちから誘われてメイジーから離れていった。

 

 壁にもたれて、踊る人たちをぼんやり眺める。

 多くの令嬢たちからダンスに誘われるサイラスは、王立騎士団のメンバーで侯爵家の嫡男で、まあまあイケメン。

 人気があるのも頷ける。

 そのサイラスはメイジーの婚約者だ。


 みんな、羨ましいに違いない。

 そう思うと、誰にもダンスに誘われなくても、メイジーの小さい瞳は自慢げに輝いた。

 表情の乏しい顔の中で鼻の穴がひくひく動く。


 しばらくして、フェリシアがすごいイケメンと踊ってみんなの注目を集めていることに気づいた。

 あれは誰だろうと気になったけれど、サイラスの友だち以外の男性貴族の名前をメイジーは知らない。

 フェリシアが婚約したという話はまだ聞いていないから、今日だけのパートナーをバーニーか誰かが世話したのだろうと思った。


 それにしても、ずいぶんな美形だ。

 ついつい視線を向けていると、視界を遮るように、鼻の穴を大きく膨らませた母が近づいてきた。


「メイジー、もうすぐダンスが終わるらしいわよ。いよいよね」


 音楽や詩作の講評はダンスのすぐ後で行われる。その後が剣や馬術の講評だ。

 王室の近くに地位を得たい者にとっては、そこで注目を集めることのほうがダンスよりよほど重要である。


 装飾の多いゴテゴテしたドレスを上から下までじっくりと眺め、母は「誰よりも立派よ」と満足そうに頷いた。


「お義父様は眉をひそめていたけど、なんなのかしらね」


 母は「いちいちお伺いを立てなきゃ、買い物も満足にできないんだから」と義父への不満を口にする。

 義父はどうもデザインに何か意見があったらしいが、母は聞く耳を持たなかった。それでも、卒業を祝う舞踏会のドレスということで、お金のほうはすんなり出してくれた。


 男爵家に移ってからの暮らしにメイジーは満足していた。母はそうでもないらしく、「思ったよりお金が自由にならない」とよく文句を言っているけれど……。

 最近は、エアハート家の人たちのことも「親戚になったのに、冷たい」とこぼすようになった。


 今も、義父と義妹のアグネスはエアハート夫妻とローズマリーのところに集まって何やら楽しそうに話しているが、メイジーたちが誘われることもないし、母もそこに入っていくつもりはないらしい。


「仲間に入らなくていいの?」


 以前の母なら、誰かが楽しそうに話しているの見れば、すぐに「何を話しているの?」と割り込んでいった。

 なのに、今は「陰で嫌な顔をされてまで、仲よくしたくない」などと言う。


 自分たちには新たに有力な親戚ができるのだし、これからはそちらに頼ればいいと言って笑った。


「エアハート家の人たちは、ちっとも力を貸してくれなかったじゃない。肩身の狭い思いをしてまで、付き合う必要はないわ。バカバカしい。こんな生活ももうすぐ終わりだと思うと、せいせいするわ」


 母はかなり上機嫌だ。


「平民の私と名ばかりの貧乏貴族だった父さんから生まれたあんたが、宮廷付きの詩人になるなんてビックリじゃないの。しかもゆくゆくは侯爵夫人だなんてね」


 ウキウキとまわりを見回しながら、声も潜めずに母は語り続けた。

 メイジーも控えめに笑った。

 

 もう誰もメイジーを虐めたりバカにしたりしないだろう。

 そう思うと嬉しかった。


「だけど、あんたがそんなふうになれたのも、全部、私が今のお義父さんにうまく取り入ったおかげなんだからね。将来は、せいぜい楽をさせてもらうわよ」

「ええ……。でも、お母様、この先、私はどうすればいいの……?」


 結婚の約束はしたけれど、具体的なことは何も決まっていない気がする。

 メイジーが連れ子だとわかると不利になるかもしれないからと言って、母が義父を蚊帳の外に置いているからかもしれない。

 ヘイマー家の言っていることと母の言っていることがビミョーに違う気がするのも気になる。

 そのあたりのことが、メイジーにはぼんやりとしか理解できていなかった。


 サイラスはゴダード家に入ってもいいと言っている。

 ゴダード家には女子しかいないし、ヘイマー家には男子が三人もいるからと。

 どうも、それに対する明確な返事を母はしていないようだった。


 そのせいで、話が前に進んでいないのではないかと思うのだけれど……。


 メイジーには「財産を継ぐのはアグネスなのに、婿養子になんてこられても困るわ。あなたがヘイマー家に嫁ぐのよ」と母は言う。

 なんとなく、それを直接、サイラスかヘイマー侯爵に言ったほうがいいのではないかとも思うけれど、余計なことを言って、この話がなくなったらどうするのだと母に脅されて、メイジーの口から何か言うことはできなかった。


 メイジーには宝石一つ受け継ぐ資格がないらしい。

 それがわかったら、婚約の話はナシになるかもしれないと母は言うのだ。


(そんなはず、ないわよね……。サイラスは、フェリシアより私のほうがいいって言ってくれたんだから……)


 それに、義父はとてもいい人だから、多少の持参金は持たせてくれるはずだ。


 いずれにしても、そろそろ義父にも話に加わってもらったほうがいいような気がする。

 メイジーは、思い切って母にそう告げた。


「そうね……。ここまでくれば、あなたが連れ子でも問題ないかも……。なにしろ、宮廷付き詩人は王家の方々とも直接お話する機会が多いって聞くし。そんな相手を無下にできるはずがないしね」


 やがて、音楽がやみ、踊っていた人たちもそれぞれの家族のところへ移動し始めた。



たくさんの小説の中からこのお話をお読みいただきありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
メイジーて、もしかして発達障害や知的障害だったのでしょうか。読み続けメイジー視点を読むと、そう感じる箇所があったので。だからといいメイジーのしたことは許されたり、仕方ないと言われて終わらせていいもので…
[良い点] メイジーが思っていた以上に考えなしの頭お花畑で、ちょっとイメージが変わりました……
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