(29)
「おかえりなさいませ。フェリシアお嬢様」
アルフレッドに出迎えられて屋敷に入る。
居間からローズマリーの笑い声が聞こえてきた。
「誰かいらしてるの?」
「はい。バーニー様と……」
珍しく言いよどむアルフレッドを見て、フェリシアは首を傾げた。
ローズマリーが一緒にいるなら、改まった来客ではないのだろう。そもそもそんな相手なら応接室か父の書斎にいるはずだ。
「バーニーが来ているなら挨拶するわ」
カーラに授業で使った荷物を部屋に運ぶように言いつけて、フェリシアは居間に足を向けた。
「ごきげんよう、バーニー」
「やあ。フェリシア」
バーニーと一緒にこちらに顔を向けた人物を見て、フェリシアはハッと息をのんだ。
「ケヴィン殿下……」
「殿下はやめてくれと言ったはずだよ、フェリシア。元気だったかい?」
「はい。あの……、ええ」
気安く接してほしいと言われたことを思い出し、少し力抜く。
「詩は書いている?」
屈託のない笑顔で聞かれて、フェリシアはすぐに返事ができなかった。
社交辞令で聞かれただけなら「ええ」と答えただろう。
たとえ、嘘でも……。
けれど、ケヴィンはフェリシアの詩を褒めてくれて、これからもいいものを書いてほしいと期待を込めて励ましてくれた。
そんな人を相手に嘘は言いたくなかった。
「実は、あまり書いていないの……」
「え……?」
「頑張るって約束したのに、ごめんなさい」
でも、書けないのだ。
フェリシアは、メイジーの詩の中に自分が書いたとしか思えない表現をいくつも見つけて以来、詩を書こうとすると、その時に感じた気持ち悪さを思い出してしまって、うまく書けなくなっていた。
授業で出される宿題はなんとか書いていた。
その中のいくつかは優秀作としてみんなの前で読まれたので、出来は悪くなかったのだと思う。
けれど、以前のように、自由に自分が書きたいことを書けたという清々しさはなかった。
「何か、理由があるの?」
ケヴィンとバーニーに視線を向けられて、フェリシアは迷った。
たとえ事実だとしても「メイジーに詩を盗まれたからだ」と、告げ口か悪口のようになってしまいそうな理由を口にするのは、気が進まない。どうしても躊躇いが先に立つ。
けれど、部屋の中を鼻歌を歌いながら歩きまわっていたローズマリーが、突然、何でもないことのように言った。
「メイジーがお姉様の詩を盗んだの」
「えっ!」
バーニーとケヴィンが驚く。
バーニーが「そうなのか、フェリシア?」と聞いてくるが、ここでもフェリシアはまだ躊躇していた。
その間に、ローズマリーが続ける。
「サイラスに話しているのを、私、ここで聞いてたもの。それに、メイジーはレイチェルの詩も盗んだのよ」
「ロ、ローズマリー、どうしてそんなことまで、知ってるの?」
サイラスとここで話した時、フェリシアは自分の詩が盗まれたことしか言っていない。
「学園からの帰り道にバーサとカフェに寄ったら、レイチェルたちが話してたの」
ローズマリーはにっこりと笑みを浮かべて続けた。
「メイジーはほかの人の詩も盗んでると思うって言ってたわ。『参考にした』とか『影響を受けた』とか言ってるけど、どう考えても真似しただけなんですって。出来のいいところは、全部どこかで読んだことある感じだって言ってたわ。それで、メイジーが自分で考えたところは目も当てられないくらい下手なんですって」
ほかにも、誘っていない集まりについて来たがるとか、勝手に予定を立てておいて「行けない」と言うと恨みがましい顔をするとか、さんざん悪口を言っていたらしい。
「おすすめのお店や本とかのお役立ち情報も、さも自分が見つけたみたいに、みんなに教えてるけど、そういうのも全部お姉様のパクリだって言ってたわ」
「ローズマリー……」
それは全部、事実だけれど……。
「立ち聞きなんて、お行儀が悪いわ」
「立ち聞きじゃないわ。ちゃんと椅子に座ってたもの」
「そう言うことじゃなくて……」
フェリシアは額に手を当てて目を閉じた。
「だって、喉が渇いたからカフェに入ったんだけど、バーサと二人だったから暇だったのよ」
バーサというのはカーラよりずっと年上の侍女だ。
お守りのように付き添った彼女と十歳のローズマリーとでは、あまり話が弾まなかったのかもしれない。だから、隣の席のレイチェルたちの話に耳をそばだててしまった。
「お姉様の名前が聞こえてきて、どうしても気になっちゃったんですもの」
それに、とローズマリーは急にしかめっ面になって言った。
「私もメイジーのことは大嫌い。だから、聞いてて『わかる~』って思っちゃったの」
バーニーが眉を上げて「なんで、嫌いなんだい?」と聞く。
「だって、しょっちゅううちに来て、勝手に侍女に命令するし、お姉様につきまとってばかりいるし、バーニーのところであったパーティーにも『どうしても行けない?』って何回もしつこく聞いてくるし、気が弱そうなふりしてるけど、ほんとはすごく図々しいんだもの。ふつうはするはずの遠慮ってものを、ちっともしないの」
ぷりぷりした表情でローズマリーは言い放った。
「メイジーには、美意識ってものがないのよ」
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