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 フェリシアとエアハート侯爵の気持ちがすっかり冷めてしまったことを、ヘイマー家の人々はヒシヒシと感じていた。


 サイラスが何度デートに誘っても、フェリシアは「時間がない」の一言で断ってきたし、エアハート侯爵への面会は一度も取り次いでもらえなかった。

 サイラスはエアハート家の門さえ潜ることができなくなっていた。


「どういうことだ、サイラス」

「援助が受けられなくなったら、屋敷か領地を手放さなければならないのよ」


 新品のテイルコートと最新流行のドレスに身を包んだ両親に詰め寄られ、サイラスは不快な気持ちになった。

 晩餐のテーブルには、来客の予定もないのに上等な肉を使った料理が三種類も並んでいる。

 大勢の召使が家族五人のためにゆったりと優雅に立ち働いていた。


「そんなこと、僕に言われても困りますよ」

「何を言ってるんだ。おまえがしっかりフェリシアの気持ちを掴んでいれば、こんなに急に冷たくされることはないはずだぞ」


 サイラスはさっと視線を外した。

 だが、すぐに、それとは別に言いたいことがあることを思い出して顔を戻した。


「お言葉ですが、父上。僕がどんなに努力しても、父上が金の無心をさせるので、エアハート侯爵の覚えが悪くなったんですよ」

「なに?」

「フェリシアだけじゃなく、侯爵も会ってくれません。どうしてくれるんですか。父上こそ、なんでも僕のせいにするのはやめてください」

「な、なんだと! せっかく立派な婿入り先を探してやったのに……」

「そんなこと頼んでいませんよ。僕は、この家を継ぐつもりでいました。なぜ長男である僕が婿に出されなきゃならないんですか」


 ヘイマー侯爵とサイラスはしばし睨み合う。

 侯爵夫人はイライラと二人のやり取りを聞いていた。

 弟たちは、空気のように押し黙って贅沢な料理をひたすら口に運んでいる。


 夫人が口を開いた。


「とにかく、このままでは困るわ。あなたも、なんとかできないか、もっと考えてくださいよ」

「なんとかと言われても……。エアハート家と親戚になるのが一番だと、おまえも言ってたじゃないか」


 サイラスに嫁ぎたいという娘はそれなりにいたのだが、持参金を多く持ってきてくれそうな、あるいは親戚になれば援助もしてくれそうな家の令嬢はいなかった。

 むしろヘイマー家に頼りたいと思っていそうな家がけっこうあった。

 みんなヘイマー家を裕福だと思っているのだ。


 実際は火の車。

 かといって、金のために成り上がりの平民の娘を迎えたのでは、侯爵家の沽券に関わる。

 

 ヘイマー家の実情を知っても動じないだけの資産家で、なおかつ体面が保てる相手でなければならない。

 当然、相手は限られた。

 その中で最もふさわしく思えたのがフェリシアだったのである。


 美人で頭がよく、性格も明るいフェリシアにはライバルが多かった。

 だが、幸いにもエアハート侯爵が相手を選びまくっているため、有望な婚約者候補はまだいなかった。

 唯一、名前が挙がっていたのはアシュフィールド伯爵家のバーニーだが、バーニーは跡取り息子である。エアハート家の婿にはなれない。


 サイラスを婿養子に出すことで一気に逆転可能に見えた。

 ヘイマー家は侯爵家。年齢的にもちょうどいい。容姿、家柄、剣の腕。エアハート家としても、サイラスなら不足はないはず。

 そう考え、実際、うまくいった。


 はずなのに……。

 

「なぜ、こんなことになったんだ」

「エアハート侯爵は、父上が思うほど甘い人じゃありませんよ。親戚になったからと言って、簡単に援助はしてくれないんじゃないかなぁ……」

「ダメだとはっきり言われたのか」

「ダメだとは言われませんでしたよ。でも、我が家の姿勢というか、我が家も努力をすることが必要だと言ってきました」

「努力? なんだそれは……」

「さあ……」


 ピカピカに磨かれた床や真新しい調度品をチラリと眺めて、サイラスは呟く。


「贅沢をやめるつもりはないのか、とかなんとか……、そんなことを聞かれたかな……」


 質素倹約を学ぶべきだとか、収入に見合った生活をするべきだとか、他人の家のことなのに口うるさく言っていたような気がする。

 黙って話を聞いていたが、大きなお世話だと思ったのを覚えている。


「贅沢? なぜ、贅沢をやめねばならない。我々は、貴族だぞ? 体面というものがある」

「僕もそう思います」


 夫人も憤慨したように言った。


「みじめな暮らしをして、人に笑われるくらいなら、死んだほうがマシよ」

「本当ですよ」


 サイラスは呆れたように肩を竦めた。

 自分たちはあんなに贅沢な暮らしをしておいて、エアハート侯爵はまったく何を考えているのだろう。

 使用人の数が多すぎる? エアハート家のほうが倍近くいるではないか。


「だが、このままじゃいかん。サイラス、なんとかしてフェリシアの気持ちを取り戻すんだ」

「え……、それは……」


 なんで自分にばかり言うのだと不満を漏らせば、「そのかわり、金の話は私がしてこよう」と父が請け合った。


「それなら、まあ……」


 サイラスはしぶしぶ首を縦に振ったが、エアハート家の書斎の前で交わした会話を思い出すと気が重かった。


(取り付く島もなかったな……)


たくさんの小説の中からこのお話をお読みいただきありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[一言] すごいw ヘイマー家の人たち、問題の原因を丸っきり理解してないwww
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