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(マズイことになった……)


 エアハート家の書斎の前で、サイラスは呆然と立ち尽くしていた。


 貴族街のカフェでフェリシアに話を聞かれた後、トビーとニールは『謝ったほうがいいんじゃないか』と、ひそひそ声でサイラスに言った。

 だが、メイジーは『あんなこと言われて、いいの?』と眉を顰めて聞いてきた。


『フェリシアにも、悪いところがあると思う……。サイラスが謝ることは、ないんじゃない?』


 いかにも自分はサイラスの味方だと言わんばかりの、思いやり深そうな顔つきで続けた。

 サイラスは、『そうだよな』と笑うしかなかった。


 だが、内心では焦っていた。

 嫌な汗が、背中を大量に流れ落ちた。

 のんびりコーヒーなど飲んでいる場合ではなかった。


 なのに、メイジーが延々と『サイラスは悪くない』と言い続けるので、席を立つきっかけを失ってしまったのだ。


 フェリシアが侍女と出ていくのを見送った後、何気ないふうを装って『僕たちも、そろそろ行こうか』と三人に声をかけた。

 メイジーはまだ帰りたくなさそうだったが、トビーとニールはすぐに察してさっと席を立った。


 ぼやんとしたままサイラスについて来ようとするメイジーを二人が引き留め、『頑張れよ』と送り出してくれた。

 持つべきものは仲間だと思った。


 へらへらと笑いながら『何を頑張るの?』と聞いてくるメイジーを無視して、エアハート邸に急いだ。


 間一髪のところで、書斎の前にいるフェリシアに追いついた。

 そう思ったのに……。


(説得しきれなかった……)


 メイジーなんかに構っていたのがいけなかったのだ。


 サイラスは舌打ちする。


 カフェですぐに謝っていれば、せめてフェリシアより先に店を出てエアハート邸で待っていられたら、そもそもメイジーなんかと一緒にいなければ……。

 いくつもの後悔が頭の中をぐるぐる回るが、すべて後の祭りである。


 フェリシアとの婚約が破棄されれば、ヘイマー家はおしまいだ。


(だが……、待てよ……)


 そう簡単に婚約が破棄されるだろうか。


 あんなに人気があるにもかかわらず、フェリシアになかなか婚約者が現れなかったのには理由がある。

 釣り合う相手がいなかったのだ。


 跡取りのいない貴族の家への婿入りを狙う王立騎士団の連中でも、侯爵家となると二の足を踏む者が多い。

 よほどの家柄でなければ釣り合わないことが、最初から分かっているからだ。

 敷居が高すぎるのである。

 

 実際、エアハート侯爵は、娘の婚約者になる人物については、かなりうるさく注文をつけていた。

 フェリシアへの求婚者は多かったが、誰も侯爵の眼鏡に適う者がいなかったのである。

 

 その眼鏡に、ようやく適った人物がサイラスだった。

 容姿、家柄、王立騎士団員の地位に加えて、性格的にも大きな問題がない。年齢もちょうどいい。

 すべてがエアハート侯爵の基準を満たしていた。


 納得できる相手がいなければ、妹のローズマリーに婿を取り、フェリシアをバーニー・アシュフィールドに嫁がせることも、侯爵は考えていたようだった。

 だが、サイラスが現れたために、やはりフェリシアに婿を取り、家を継がせることにしたのである。


 そのような経緯を思い出し、サイラスは自分を鼓舞した。

 

 エアハート家にとっても、サイラスはやっと見つけた婿養子なのだ。

 家同士も納得してまとまった縁談だ。

 そう簡単に婚約を破棄するはずがないではないか。

 

(そうさ。あれくらいのことで……)


 エアハート侯爵は家族思いの人だと聞くが、一方では厳しい実業家でもある。

 娘のささいな我儘を真に受けて、契約ともいえる家と家との約束を安易に反故にするはずがない。


 サイラスは必死に、そう自分に言い聞かせた。


たくさんの小説の中からこのお話をお読みいただきありがとうございます。

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