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(バカにしないで……)


 強い憤りを感じたが、意外にもそれは最初だけで、フェリシアはすぐに、不思議なくらい冷静になっていった。


 ゆっくりと衝立の向こう側に歩いてゆく。

 トビーが気づいて「あっ」と声を上げた。

 こちらに背を向けているサイラスに必死で目配せするが、サイラスはすっかりいい気になったまましゃべり続けている。


「フェリシアは確かに美人だし、頭もいい。家柄だって申し分ない。僕にふさわしい婚約者だって誰もが言うのはわかるよ。だけど、正直なところ、僕ならもっとピッタリ合う人が、ほかにもいる気もするんだよ」

「サイラス……」

「なんて言うのかな、自分の考えを持ってるのは構わないけど、もっと僕を立てると言うかさ。なんでも自分が正しいと思って、偉そうにされるのが、ちょっとムカつくというか……」

「さ、サイラス……!」


 ニールも気づいて慌てて小さく指をさす。


「サイラス、後ろ……!」


 サイラスが振り向く前にフェリシアは言った。


「だったら、そういう人を探したら?」

「え……っ!」


 ぎょっとした表情のサイラスが、恐る恐るという様子でゆっくり振り向いた。メイジーは口元を両手で覆ったが、小さい目の奥には、どことなく楽しんでいるような光が浮かんでいる。


「サイラスの考えはよくわかったわ。お父様たちに相談して、今回の話はなしにしていただきましょう」

「え。こ、今回の話を……? なしにって……?」


 フェリシアは顔に笑みを浮かべて、はっきり言った。


「婚約を破棄しましょう」


 サイラスが固まる。


「婚約を破棄? ま、待ってくれ、フェリシア……」

「あら、どうして? さっき、あなた自身がそう言ってたのを、聞いたわよ?」 

「あ、あれは……」


 冗談だ、と弱々しく口にするサイラスを一瞥し、フェリシアはくるりと背を向けた。


 席に戻ると、ちょうど泡立てたクリームを載せたコーヒーが運ばれてきた。

 それを優雅な仕草でゆっくりと口に運ぶ。

 向かいの席で小さくなっているカーラに「気にしないで、いただきなさい」と促して、にっこり笑った。


 サイラスたちの席は、葬式かとツッコミたくなるくらい、急に静かになった。

 メイジーが「あんなこと言われて……、いいの?」と聞いている声が、かすかに聞こえる。

 トビーやニールがどんな顔をしているのかはわからない。


 サイラスは焦っているはずだ。

 婚約を破棄して困るのはヘイマー家なのだから。


 でも、プライドの高いサイラスは、フェリシアに謝りに来ることができない。

 二人きりの時ならなんとしてでも許しを得ようとしただろうが、仲間やメイジーがいる今は、プライドが邪魔して、そんなことはできないのだ。


(謝りに来たところで、無駄だけど)


 フェリシアは投げやりな気分で思った。


 なんだか、全部がどうでもよくなってきた。

 父や母や周囲のみんなが喜んでくれるとか、学園の友人がうらやましがるとか、ちょうどよい年まわりだとか、家柄の釣り合いだとか、貴族の娘としては、かなり恵まれた条件の結婚なのだとか、そういったものが全部、どうでもいいことに思えた。


 どれも大事なことだと思っていたし、そうであるに越したことのないものばかりだけれど、あんなふうに思われているのなら、それらは全部、意味のないことだと思った。


 サイラスとフェリシアの結婚には、どうしたってヘイマー侯爵家の借金が関係してくる。

 サイラスはどこかで自分は犠牲になったと考えていたのだろう。長男でありながら婿養子に入らなければならなくなったことも、エアハート家からの援助が必要で仕方なく受け入れたのだ。


 いつもサイラスはフェリシアに優しい態度を取っていた。

 しかし、そこに愛情はなかったのだ。


 そのことがわかっても、自分が少しも傷ついていないことにフェリシアは気づいた。

 

 もし、フェリシアがサイラスのことを本当に好きだったなら、愛されていないと知った今、もっと傷ついてもいいのではないだろうか。

 あるいは、サイラスに気に入られるために、自分の悪いところを直す努力をしようと考えたかもしれない。


 フェリシアは、自分は一切悪くないなどとは思っていない。人並みに欠点はあるし、言葉や態度に十分な気配りが足りないこともあると思っている。

 いつも完璧な優しさを示せているなどと、うぬぼれてはいない。


 メイジーに腹を立てれば友人たちと一緒に距離を置くし、バーニーのことをサイラスが面白くないと思っているのを知っていても、特別なフォローを入れるでもなくパーティーに参加する。

 もっと人間ができている人なら、フェリシアとは違う行動を取ったかもしれない。


 それでも、サイラスのために自分を変えようとは思わなかった。

 自分を変えてまで、サイラスやメイジーと仲よくやっていこうという気になれなかったのだ。


「カーラ、私は聖人ではないのよ」


 フェリシアが苦笑すると、カーラはミルクと砂糖がたっぷり入った甘いコーヒーを飲みながら、「でも」と言って小さく笑い返した。


「ズルいこともしてないと思います」

「そう?」

「はい。理由もなく、意地悪をすることもありませんし、嘘もお吐きになりません。私にとっては、とてもよいご主人です」


 フェリシアは頷き「ありがとう」とつぶやいた。


たくさんの小説の中からこのお話をお読みいただきありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 「婚約を破棄しましょう」(ニッコリ) そしてきっちり二人でドリンク飲んでいくところが良かったです。 [一言] フェリシアちゃん本当にお疲れ様すぎて、幸せになって欲しい……
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