(17)
サイラスは、父に言われてエアハート侯爵を訪ねて金の無心をする役目にも、フェリシアの機嫌を損ねないように優しく振る舞うことにも疲れ始めていた。
家に借金があることを別にすれば、サイラスは剣の実力もそこそこあり、侯爵家の第一令息でもあり、顔立ちもそこそこいいときている。
全てにおいて条件の整った優良物件なのだ。
フェリシアと婚約する前は、あちこちの令嬢から秋波を送られた。
そんな自分がなぜこうも卑屈にならなければいけないのか。
「トビー、ニール、いるか」
下級貴族や平民が出入りする安酒場に行くと、いつもの仲間が酒を飲んでいた。
王立騎士団は名誉職の色合いが強く、休みが多いのがいいところだ。
それでいて給料もいい。
選ばれた者だけが所属できる王立騎士団。
その団員はみんなの憧れの的だ。
できればずっといたいのだが、若いうちしか働けないのが残念なところである。
ケヴィンのような王族や、バーニーのように裕福な実家を継げる者たちは、ただ名誉のためだけに所属する。
一方で、五、六年もしたら、今より少し安い給料で、今より長い時間働く官吏や警備兵に志願しなければならない者も多い。
王立騎士団出身だと威張っていられるのは最初のうちだけで、出世に有利ということもないらしい。
逆に入所や入隊が遅れることがマイナスになる場合もあるという。
それでも王立騎士団に入るのは、上級貴族の場合は名誉のためかもしれないが、子爵家の次男であるトビーやニールなどには、それなりの思惑がある。
騎士団員でいる間に、よい婿入り先を見つけられるかもしれないと期待しているのだ。
「サイラスが婚約してから、令嬢たちがちっとも靡かなくなったな」
「誘っても誰も来てくれない」
「そろそろ俺たちも婚約したいのに」
どこかに跡取りのいない資産家貴族はいないものかと、酒を飲みながら二人はぐだぐだ言っていた。
「フェリシアのところって、令嬢が二人だけなんだろ?」
「妹が婿を取るの?」
「何歳だっけ」
二人に聞かれて「十歳だ」と答えた。
ちょっと年が違い過ぎるか……と、二人は苦笑を漏らした。
「フェリシアが、誰か紹介してくれないかなぁ」
ニールがぼやく。
「令嬢たちとお近づきにならないことには、チャンスも何もないもんな」
「サイラスに寄ってくる令嬢の友だちとかを狙ってたんだけどな……」
サイラスはいいよな、とトビーが拗ねたように言った。
「長男だしさ」
「フェリシアみたいに出来のいい婚約者もいるし。ほんとにお似合いだよ」
サイラスはやや気まずさを感じた。
侯爵家の第一令息でありながら婿入りするのだとは、とても言えなかった。
貴重な婿入り先を奪うなと言われそうだ。
「誰か誘ってくれよ、サイラス」
「それかフェリシアの友だちを紹介してくれ」
サイラスは、しつこく絡んでくる二人にだんだんウンザリしてきた。
疲労を感じていたことを思い出してしまう。
誰か誘えと言われても、フェリシアと婚約して以来、さっと潮が引くようにサイラスは令嬢にモテなくなった。
誘っても来てくれるような人は……。
(メイジーなら、来るだろうけどな……)
あれは、誘えばどこにでも来る。
誘わなくても来たがるくらいなのだから。
「今度、メイジーを誘ってみよう」
「メイジー?」
二人は怪訝な顔をした。
友だちがいない感じがするけど、とトビーが言う。
「誰かしらいるだろ。一人か二人くらい……」
なんとなく、いても連れてこないかもしれないなと思ったが、そこは黙っていた。
「メイジーは、ああ見えて、ゴダード家の第一令嬢だったはずだ」
ゴダード家は男爵とはいえ、エアハート家の親戚だけあってわりと羽振りがいいのだ。
だが、トビーとニールは「ふうん」と興味なさそうに言っただけだった。
「誰かつれてきてくれるかもしれないし、誘ってみよう」
サイラスは言った。
言いながら、フェリシアが何か言っていたのを思い出す。
自分はもうメイジーとは距離を置くのだとかなんとか。
(知ったことか)
フェリシアの話を聞いた時にも思ったことを、心の中で繰り返す。
サイラスが嫌いだと言ってるのに、フェリシアはバーニーの家のパーティーに行ったのだ。
サイラスはそのことが気にくわなかった。
フェリシアが嫌っていようと、自分はメイジーに用があれば会う。
どこか意地になって、そう思った。
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