86 二人の想い
桜と識はヘルメットをかぶったまま、七海たちと対峙している。
この静けさをやぶるように声を出したのは七海であった。
「あなたたちが…、九蛇の連中かは問いません。怨敵九龍の当主である九龍を滅する絶好の機会。そうでなくともやつらを滅する機会。あなたに邪魔はさせません。」
それを聞いて、桜は悲しい顔をした。もっともフルフェイスのヘルメットをしていたので表情はわからなかったが。
(七海…。七海にはそんなことを言ってほしくなかった。)
「あなたも顔をさらしたらどうですか?」
桜は言われて、ヘルメットへ手を伸ばした。
それを見て識は桜へ小声で声をかけた。
「おい桜。いいのか?」
「戦う以上、ヘルメットは邪魔でしかない。あいつは余裕を持って戦える相手じゃないしね。仕方ない。」
ヘルメットをはずす。
ついでに着ていたライダージャケットを脱いで、雲の上の制服が出てきた。
素顔をさらすと同時に七海は目を大きく開けた。
信じられないものを見た顔をしている。
「さ……く…ら?じゃないよね?」
先ほどの厳しい口調ではなくなっていた。
桜は少し、本人たちとしては長い沈黙のように感じる間が流れた後、桜は声を出す。
「七海。悪いけどウチ…、桜だよ…。」
七海は二つのショックを受けていた。
一つは、自分たちを追っていたのが桜であったこと。先ほど車上に降りてきたのは桜であろうことも容易にわかる。
二つ目は、自分のことを知られた事。西園寺組の娘であることを知られたことであった。
「いつから知ってたの。」
「ちょっと前に料亭に言ったとき見たんだ。」
確かにあの場所なら雲の上の生徒がいてもおかしくない。迂闊だった。
七海は自分の行為の甘さに苛立ちを感じた。
すると、横から頼朝が声をかけた
「お嬢。今まで黙っていましたが、お嬢が誘拐されたとき、」
「やはり、頼朝さんだけじゃなかったのね。」
「気づいて…?」
「なんとなくだけどね。桜、どうして…」
それは二つの意味を含んでいた。七海を止めていること。そしてなぜ西園寺家のことをしっているのかと。
「西園寺家のことを知ったのは偶然だよ。ある料亭に行った時、見ちゃったんだ。七海が車に乗るとこ。」
「そう。あんなゴツい連中と一緒の車に乗ってたら、わかるよね。」
「そして、七海を止めてる理由だけど…」
「私のためだなんて言わないでよね。」
桜が次の言葉を言う前に七海が声で遮った。
その七海の眼は怒りを表すような厳しい眼付きだった。大抵の者ならここで怯んでしまうような眼付きであったが、桜は眼をそらすことなく、真っ直ぐに七海を見つめる。
そして、首を横へ振り、否定の意を表した。
「そんな友情万歳物じゃあないよ。」
「なら!どうして邪魔をする!!」
付近に声が反射して響き渡る。
「七海が来栖にボコられたとき…」
中学二年生のときの、話である。
「やっぱり桜だったんだ。私を助けたのは。私は気がついたら家のベッドで寝ていた。誰に聞いても雲の上の保健室前で倒れていたとしか知らない。」
「まぁそうだよ。ウチが七海を保健室前まで運んだ。あの時、あの前日、七海が何をしようとしてるのかなんとなくわかっていた。」
「なら今回みたいに止めればよかったんじゃない?」
あえて嫌味のように言った。
「七海がしたいことをしようとしてる。だから止めなかった。止めることは七海の意に反するから。友達だからそうすべきかと思っていた。」
桜の眼から雫が落ちた。
頬を伝うように
「だから、もうあんな思いはしない。だから今は七海のためじゃない。ウチの勝手、でここにいる。ウチの勝手であんたをこれ以上いかせない!!」
木刀を振るい、七海へとまっすぐに向ける。
「なら私はそれを振るい払う!」
そう言うと、頼朝が前へと一歩進む。
「その役目、この頼朝が果たします。」
「兄貴、俺も!っつ!」
弁慶も頼朝に並ぶが、傷が痛み出す。
「弁慶、お前はここでお嬢を守れ。」
「けど、兄貴!」
「あいつは俺が殺す。」
その瞬間、すさまじい気迫を感じさせた。弁慶は後ずさり、遠くにいた桜もビリビリを気迫を感じた。
自分の持っていた日本刀を弁慶へと預ける。今度は、七海へ手の平を向ける。
「お嬢、あなたの魂、お借りします。」
七海はそれが何を意味しているのか理解していた。うなずくと、持っていた刀である、西園寺家の家宝である名刀“時雨”を頼朝へと渡した。
「お借りします。」
そして鞘から抜き、刀身を出す。太陽光が刀を照らし、光り輝く。
「いい刀だね。七海。」
「家宝だからね。桜、一応頼むけど、引いてくれない?じゃなきゃ私はあなたを殺さなくちゃいけない。」
「答えは…」
木刀に力を入れる。そして、地面を削るように木刀を振り、塵を舞い上げる。
「却下だぁっ!!!」
七海は目をつぶり、何かを考えた。
「そう…、なら、頼朝さん。お願いします。」
頼朝が前へと出る。
「識、手を出すな。」
「交通事故にあったばかりなんだ。出せねぇよ。行って来い。」
桜が前へ出る。
二人の視線がぶつかる。
港に船が通り汽笛を鳴らす。
音が倉庫街へ響く。
音の終わり、それを合図に二人の目が大きく見開かれ、足を動かした。