74 誘拐
午後9時、西園寺家の屋敷には頼朝と弁慶、その部下数名がいた。
いつもなら、もっと大勢の人間がいる屋敷だが、事情があり、今はガラガラであ
る。
出先から戻ってきた頼朝は事情を知らなかったので、弁慶に事情を聞いた。
「お嬢はどちらにいかれた?」
「近藤組との会合のため、車で出掛けられた。」
「先日、お嬢を目当てに雲の上を襲撃した奴らがいるのに、親父は許可したのか
?」
「ああ、義経を警護に付かせた。それに、俺達以外の腕の立つ用心をお嬢の周り
に付かせた」
それは、完璧に見える防御網である。
西園寺家総出の外出に見える。が、組内の三本指に入る、頼朝、弁慶を家に残す
点に弁慶は疑問を感じる。
「お嬢は数で守るから、家は質で守ることにするらしい。」
「誰の案だ?」
「義経です。」
車内
豪華なリムジンを運転してるのは義経、助手席には部下を、その後部座席には七
海が一人座っていた。
「お嬢、到着するのは明朝ですので、今はお休みください。」
「ええ、これを書いたら休むわ。」
七海が書いているのは日記であった。
「それにしても、今回の会合は、よく参加されるご決心をされましたね。雲の上
が襲撃された事件をご存知でしょう?」
「それでも、私は次期党首だから、多少の危ない橋は渡ってでも、顔を広めてお
かないと。」
「ご立派な考えです。」
それからしばらく、七海は日記を書くことに集中した。
今、車の前後には、西園寺家の用心車が10台でガードしている。
七海より先に出発した、当主大海も同様の警護をしている。
現地や通過場所、休憩予定所にも人員を配置している。
しばらく車を動かし、七海が日記を書き終えたので寝ようとした時、義経が声を
かけた。
「ところで、お嬢。」
「何?」
「組の未来をどう見ますか?」
「未来?」
「九龍と抗争し、勝てるかという意味を含みます。」
少し考える。
「確かに、九龍は巨大な敵だわ。だけど、以前にもそれ以上大きな組織と戦って
勝ったことだって!」
「あれは、様々な組が協力してくれたおかげです。それは大海様の人望が成せる
業といえます」
それは七海もよくわかっていた。
七海はその事を考える度に不安になる。
次期当主が女である。
それは組にとって大きなアドバンテージを負う。
この業界では女でのしあがるには、極めて大変な事だ。
それに女という理由で相手にされないこともあるだろう。
しかし、七海はだからこそ、今、積極的に行動してら他組からの信頼を得ようと
している。
「だから今!私は!」
「お嬢」
義経の冷めた声で、七海は口を閉ざした。
「私はね。勝ち組でいたい。」
「その為なら」
「未来を感じない所なんか」
「捨てる」
その瞬間、車内からガスが発生し、七海は何かを言う前に意識を失った。
それと同時に、前後の警護車に黒い装甲車が横から突撃をする。一台につき、装
甲車一つ突撃。
警護車は横転、スピンをする。
突然の襲撃であった。
装甲車の窓からスナイパーが顔を出し、警護車のタイヤへ発砲し、動けなくした
。
そして、七海が乗っている車、義経は、装甲車と共に予定進路を変え走り出した
。
警護車の人間が最後に見たのは、飛んでくるRPG―7ミサイルであった。
その出来事が大海を含む組の人間に知らされるのにそう時間はかからなかった。
七海の警護グループの後続グループが車の炎上現場を通ったからだ。
その中に偶然意識を保つ者がいて状況を説明した。
襲撃犯と義経の行動。
そして何より、
西園寺七海が誘拐されたこと。
西園寺家
「あの野郎!ぶっ殺してやる!」
怒号と共に壁に拳を当てる。
弁慶はかつてない怒りを覚えていた。
無理もない。義経と頼朝、弁慶は西園寺家三本刀と呼ばれる者達だ。
三人は西園寺家に骨を埋める契りをした仲であった。
怒号を上げる弁慶とは逆に静かに何も言わない頼朝。
その静けさとは裏腹に、サングラスの奥の眼は怒りより憎しみがこもっていた。
その時、屋敷の電話が鳴る。
こんな時間に誰かと思ったが、もしやと思い、頼朝が電話に出た。
受話器からは、予想していた通りの聞き慣れた声が聞こえた。
『頼朝かい?』
「…!義経。てめぇ…。」
『怒っているな。まぁ、無理もないと言うより当然か。』
「お嬢を返せ。」
怒鳴ることなく、怒りを静かに抑え話す。
手は震え、今にも受話器を破壊しそうである。
『意外だな。どうして裏切ったとか聞かないのか?』
「てめぇのことなんか、興味がねぇ。」
『つれないな。まぁいい、お嬢を返してほしかったら、一人で指定する場所へ来
い。』
義経は場所を言った。
場所は京都のとある廃ビル街。
『少し遠いけど、いいかな?』
「…」
『来たら、俺が裏切った訳とか教えてあげるよ。』
「興味がない。」
『くれぐれも一人で来い。さもないと、お嬢の命はない。』
そして電話が切られた。
すると、再び電話がなった。
義経かと一瞬思ったが、それはないだろうと思い、受話器を取った。
電話口からは予想外の事態を告げる声が聞こえた。
『あ!兄貴!頼朝兄貴!』
聞き覚えのある部下の声
何か非常に焦っている様子だ。
「どうした?」
『親父が!親父が倒れた!』
「何だと!!」
先ほどまで冷静を保っていた頼朝だが、今の言葉を聞いて、思わず大声を上げてしまった。
『京都へ行く途中の車内で、発作を起こして!』
以前から組の頭首である大海は心臓病を持っていた。
恐らく、七海が誘拐されたことを聞いて、発作を起こしてしまったのだろう。
「そうか…。今病院か?京都の病院…ああ…わかった。」
あらかた状況を聞いて、頼朝は電話を置いた。
すぐに弁慶が何があったのか聞いてきた。
「兄貴。」
「親父が倒れた。弁慶、お前は屋敷にいろ。」
「親父が!俺も親父の元へ…」
「お前は、屋敷を守ってくれ。」
「それはわかった。だが…」
おそらく一本前の電話のことを聞いているのだろう。
「義経からだ。」
「何ぃ!!あのやろう!」
「お嬢を帰してほしかったら、一人で来いだと。」
「兄貴、罠だ!俺も!」
「お前は屋敷を守れ。義経のことだ。次は屋敷を襲撃するかもしれねぇ。お前はここを頼む。」
それだけ言うと、頼朝は“長い筒”を持ち、組の車へと乗り込む。
「兄貴!気をつけて!」
「ああ。」