70 極道と桜と九条と料亭
高級料亭
財界の人間など、地位の高い人物がたびたび会食などで訪れる有名料亭。
桜はここの常連であり、食べつくしているので高級料理といってもそれほど乗り気ではなかった。
リムジンがつき、予想以上に早くついたようだ。
「今日はどこが来るの?」
聞いても聞かなくてもどうでもいいことだとわかっていたが、一応念のため聞いてみた。
黒井はメモなど一切見ず応えた。
「本日は九条家、北皇子家、それから東海林家からは、瞳様一家、御春様がいらっしゃいます。」
北皇子家ということは氷柱が来るらしい。
これは意外な話であった。さっそく氷柱でも探そうと思った。
「ちょっと散歩してくんね。」
「時間にはお戻りください。」
桜は料亭の廊下をぐるぐる回ることにした。
料亭の中には複数のスーツを着た人間、ドレスに身を纏った人間がぱらぱらといた。
そこへ、桜の不注意により一人のスーツを着た男性にぶつかってしまった。
「あ、ごめんなさいね。」
桜はそれだけ言い、去ろうとしたが、腕を掴まれた。
掴んだのはぶつかった本人ではなく、その後ろにいたチンピラ風の男であった。
桜からしてみれば、たいした握力ではなかったので、振りほどくことは簡単であったが、無用な衝突は避けるためにあえて振りほどくことはしなかった。
「待てよ、姉ちゃん。それで詫びてるつもりかぁ?ああぁん!?」
威圧的に言った。
さてどうしたものか?
こいつ一人片付けるのはわけないが、親分さんがいるので、本格的な争いになりそうだ。
正直それは避けたい。
あれこれ考えていると、親分さんらしき人が
「待て、堅気に迷惑をかけんじゃねぇ、それにそこに姉さんはとうに謝った。謝るなら因縁つけてるテメェだ。ケジメつけろ。」
親分の鋭い眼光。
チンピラは逆らうことは一切せず、桜に90°の角度をつけて謝った。
そのさらに後ろにいる人物に桜は注目した。
体格がごつく、おそらく親分の右腕とかそういった人物であろう男。
一目見てわかったことがある。
(あいつ…相当できる。)
戦うということはないだろうが、いざ戦うことになったら苦戦するだろうことが見てわかる。
それは男も感じていた。
(あの姉さん、重心がまっすぐしてやがる。それにあの物腰…できる。)
男はサングラスの下から鋭い眼光で桜を見ていた。
二人がすれ違う。
((だが、機会があれば手合わせ願いたいものだ。))
二人は同じ瞬間、同じ考えでいた。
その後、桜は氷柱を捜索したが、まったく見つからなかった。
変わりに、ヴァレンタイン家、つまり桜の母の義理の兄の一家を発見した。
つまり愛歌・恋美・恋継の家である。
「やあやあ桜。」
「あ、恋美。愛歌たちは?」
恋美一人で、ほかの二人の姿はなかった。
「それが、愛歌は風邪で寝込んで、兄貴は最近旅に出ちゃってね。」
「旅!?」
失恋旅行なのか、よくわからなかったが、帰ってきたら面白話でも聞かせてもらおうと思った。
「それよか、親はどうした?」
「父さんしかいないよ。母さんは愛歌のつきそい。」
「そっか、じゃああとは婆ちゃんだけか。」
「わしならここにいるぞ。」
どこからか御春の声がした。
周りをグルリと見渡すがどこにもいない。
気のせいかと思った。その瞬間
「でっ!」
頭部に衝撃が走った。
何かが落ちてきた。
それは…
「ババア!!」
ポカン!と杖で殴られた。
「ババアとは何じゃ!」
「使わない杖は殴るために持っているのか?」
「桜よ、常に四方だけではなく、上下四方八方注意せよといっておるじゃろうに!」
「ごめんよ。だから杖を振り上げるのはやめてくれ。」
そこへ、黒井がやってきた。
「御春様。お久しぶりでございます。それから恋美様もお元気そうで。」
「おう、黒井かえ。相変わらずいい男じゃな、ってやつよ。」
「ありがとうございます。そろそろ会食の時間でございます。」
そして、桜たちは会食の席に座った。
北皇子家を見たが、氷柱はいなかった。
おそらく体調を崩したのだろう。氷柱にはよくあることだ。
九条家を見ると、先月の大会の時に知り合った、九条貴怜がいた。
乾杯の合図がすんだあと、廊下に出て九条に話をかけた。
「お久しぶり。」
「たしか…東海林だったか?」
「ええ、雲の上のね。」
九条は少しうろ覚えのようだったが、ようやくはっきりと思い出した。
「ああ、そうか。今日は北皇子がいなくて残念だったな。」
「いや、氷柱にはよくあることだから。」
そこで、桜は少し気になることを聞いてみた。
「大会のことだけど、決勝戦って、海皇と大江戸でしょ?どっちが勝ったの?」
「海皇の圧勝だ。いい勝負をしたのは大将の徳川くらいだな。あとはよくて織田だな。」
たしか、徳川海は海皇の金獅子とのために力を温存させるため、雲の上との勝負にはでなかったと聞く。
海には試合を見ないでほしいと言われた。
だが、聞くなとは言われていない…などと屁理屈を言い訳に考え、興味本位で聞いてしまう。
「どんな戦いだったの?」
「それはだな…」
そこから真実が語られる
と思われたそのとき
「おい、姉ちゃん。さっきはよくも恥をかかせてくれたな。」
先ほどのチンピラである。
どうやら、部下を2,3人引き連れ“お礼”をしにきたようだ。
ここは人通りが悪い場所でもあった。
トイレに行くときに偶然見つけて好機に思ったのだろう。
「で、どうするの?ぶっとばしにきたの?」
チンピラは下衆に笑う。
「わかってんじゃねえか。」
「じゃあ、まともに相手するから、表にでな。店に迷惑がかかる。」
そして、駐車場。
「どうして、九条がついてくる?つーか何でうちの前にでる?」
「女性に喧嘩は似合わない。俺がやろう。」
と、レディを気遣うように言った。
そんな扱いを生まれてから一度もされたことがない桜はそれだけで、顔を赤くしてしまった。
が
「ちょっと!うちの喧嘩だよ!」
「女性に喧嘩をさせるわけにはいかない。」
二人でギャーギャー言ってると、チンピラが痺れを切らせたようだ。
「お、俺を無視してんじゃねー!やっちまえ!」
男が二人ほど襲い掛かってきた。
二人は言い合いをやめ、追撃にでた。
桜は顎に回し蹴りを、
九条は溝に肘打ちを
放ち、気絶させた。
「やろう!!」
チンピラはチョウチョのようにひらくことから名づけられたナイフを取り出し、桜へと一直線で突撃。
九条が前へ出た。
すると桜は不思議な現象を見た。
九条が手を上へ、上げると、手に触れていないのにチンピラは上へと回転して舞い上がり、地面へと落ちた。
その際、ナイフは高く高く上がり、駐車場の天井へと突き刺さった。
「てめえ…」
チンピラが立ち上がろうとすると…
「馬鹿野郎がぁっ!!!」
大きな声が駐車場に響き渡った。
カツカツと革靴がこちらへと向かってくる音を立てる。
男は先ほど桜が注目した大男。親分の右腕かなと思った人物であった。
サングラスを光らせ、チンピラへと近づく。
チンピラは助けがきたと思ったのだろう。
明るい表情を浮かべていたが、大男が近づくにつれて、その表情は次第に恐怖へと変化していった。
そして、
「あに」
ボォン!!と大きい音を立て、チンピラは吹き飛ばされた。
チンピラは痙攣したまま大男を見ていた。
「あれほど、堅気に迷惑をかけるなと言ったはずだ。」
「け…ど…あに…き」
「俺にもう一度同じことを言わせるつもりか?」
大男の鋭い眼光はサングラスの奥に隠れているにもかかわらず、威圧感を感じさせられる。
サングラスをとり、桜たちに顔を合わせる。
「姉さんすまねぇな。二度も。」
「え、いやいいって。」
「こいつにはケジメをつけさせる。俺らのやりかたでな。」
大男はチンピラの首根っこを引っ張り回収をする。
「姉さん。俺の名前は“源頼朝”」
「東海林桜。」
桜はつい反射的に自分の名前を言ってしまった。
頼朝は少し笑い、奥へと消えていった。
残された二人。
桜は先ほどの現象についてきいてみる。
「なぁ、さっきのアレ。何?」
桜は興味心というより、敵意をむき出しにたずねた。
九条は桜の眼を見る。
自分の眼鏡の位置を少し直し、何も応えない。
痺れを切らし、桜から言葉を発した。
「もう一回見せてくんない?」
桜の好奇心は限界に近かった。
すでに木刀を構えていた。
「貴様の場合、ただの怪我では済まんぞ。」
九条も手を桜に向け構えた。
一触即発…何か音がすればそれが戦闘開始の合図になるような空気であった。
だが、そんな空気を割る間の抜けた声が聞こえてきた。
「あるぇ~、さっくらじゃん?何してんの?」
恋美であった。
二人はそんな何もしらない恋美の乱入に毒気が抜けたようだ。
構えをとき、九条は料亭の中へと戻った。
「何?つーかあの人かっこよくね?」
「バカ」
「な!?桜にバカと言われる日がくるなんて!」
桜は頬を膨らませて、料亭の中へと戻った。
そして会食が終わった。
あれ以降、九条とは話すことはなかった。
駐車場へと戻る桜一家。
恋美たちはというと、恋美が腹痛ということでトイレにこもってるから、先に帰ってくれということだ。
「それにしても、桜はいつものように下品にがっつかなかったですね。」
「へ?」
急に茜に声をかけられた。
何を言われているのかすぐには理解できなかった・
「料理ですよ。」
「あ、ああ。」
九条の未知の力のことで頭がいっぱいで、料理よりもそのことを考えることのほうを、桜は優先していた。
車の中へ入り、外をぼけ~っと見る。
薄く眼を開け、適当に外の風景を眺めようと思った。
あ、っと思った。
先ほどのチンピラと大男の集団が車に乗っていた。
面子を見ると、あれは極道の者だなとすぐ理解できるような顔ぶれ。
あんなのに関わったのかと思う。
あれあ親分さんで、その隣が…嫌そうな顔をしてないところを見ると娘さんかな?
若い女…?
長い髪をして…
眼鏡をかけて…
巨乳で…!!
ってあの巨乳!!
桜の視点は胸から顔へと上がる。
視力7,0の桜は見間違えるはずがないが、まさかの見間違いであることを願ってしまった。
その人物は、桜の脳内で誰かを認識できる人物であったためである。
嘘だ。
このときばかりは、自分の視力の良さを呪った。
見間違えるわけない。
どうして?
少しずつピースが埋まる。
まだ、空欄のピースが多いが、確実に埋まっていく。
極道の親分の隣には…
西園寺七海がいた。