60 水が踊る私の意固地
雲の上学園は大江戸から一勝を勝ち取り、二回戦目の会場へと歩いていた。
「あれ?椿は?」
一回戦で華麗な勝利を納めた黒雛椿の姿が見えなかった。
「さっき『あとはよろしく。決勝には間に合うようにする』なんて言って帰った
ぞ。」
「椿め…、本当に消えたな」
そうは言っても予測がついていた事態なので、それほど困ることもない。
気を取り直し手、次のエヴァの試合に専念しようとする。
「なぁ、桜。」
「ん?何、識?」
「エヴァって人のことはあまり知らないんだが。」
北海道で、桜はエヴァと闘った。
その時、識がいなかったことを桜は思い出す。
「口は悪いけど、うちらのような運動神経持ってるよ。」
“うちらのような運動神経”というのは、識や桜の常人離れしたことを指す。
「確かに、身体つきを見ると、なかなかのものだ。特に桜と違って胸…痛てて!
」
「何が違うってぇ?」
ぎゅうっと腕をつねる。
「とにかく、運動関係の競技なら楽勝だな。」
次の会場は、先ほどと同じプールであったが、飛び込み用の深いプールを使うよ
うだ。
「第二開戦は、深水お宝大作戦!ルールは、プールの底に沈められた宝を制限時
間ないに持ってきてもらいます。宝にはポイントがついており、宝の重さに比例
します。」
競技内容を聞いて、桜はほぼ勝利の確信を持っていた。
相手を見ると、細く柔な女性であった。
エヴァに大会前に運動はできるか聞いた所、全般的に得意と言ってたので、これ
は大いに優位な勝負だ。
だが、エヴァは青ざめていた。
その様子を見て、一つの懸念事項が浮かんだ。
「エヴァ?」
応えが返ってこない。
とりあえず、どついてみる。
「…!」
まるで魂が抜けていたかのような反応であった。
いつもなら、どついたりしたら、即怒るのだが、何が起きたかわからないといっ
た感じだ。
「エヴァ?まさか…?」
「ばばばば馬鹿野郎!べべべ別に“金槌”なんかじゃあねぇよ!」
明らかに狼狽していた。
そのまま、おぼつかない足取りで、水着に着替え、競技のスタート地点までたど
り着いた。
スタート地点はプールから5m程の高さがある飛び込み台である。
「それでは、両者スタート位置に着きましたね。」
対戦相手である、市という少女は、正に可憐なお姫様という言葉が似合う女の子
であり、それに伴う笑顔を浮かべていた。
反対にエヴァは、その笑顔と対称的な顔をしている。
「では、スタート!」
司会の合図と共に両者浸水…はしなかった。
市は直ぐに飛び込んだが、エヴァは待機していた。
「何してんの!早く飛び込みなって!」
桜が言う。
それを聞いたエヴァは、意を決して、飛ぶ。
飛び込むという表現ではなく、落ちるという表現が正しいだろう入水の仕方だっ
た。
水が大きな音を放ち、飛び上がる。
「…ねぇ桜?あれまずくない?」
「うちもそう思う。たぶんエヴァは“金槌”な気が…」
すると、水面から市が慌てた表情で顔を出した。
「だ!誰か!あの人溺れてます!手伝ってください!」
やはり金槌であった。
それを聞いて、真っ先に飛び出したのは、桜であった。
「やっぱりそうだったか!」
桜は綺麗なフォームで飛び込み、救出に向かう。
エヴァは気を失い、沈んでいた。
これはある意味幸いであった。
溺れている人間はパニックになりやすく、その状態での救出は困難であるが、気
を失っていたなら、直ぐに助けることができる。
桜は直ぐに地上へと連れ出した。
「だめ!呼吸してない!」
「任せろ!」
桜が状態を伝えると、直ぐに行動を起こしたのは識であった。
救急隊のような迅速な処置であった。
心臓マッサージを的確に行い、人工呼吸をする手本となるような動作であった。
その甲もあり、息を吹き返した。
「…」
「…もう。泳げないならそう言えばいいのに。」
「うるせ」
「とにかく、助かってよかった。礼は識に言いな。蘇生したのは識だし。」
「手間かけたな。」
エヴァは最低限の言葉しか言わなかった。
だが、恩は感じているようであった。
こうして、成績は1勝1敗となった。