110 星空の下の君へ
「はっ!」
桜は目を覚ましたとき、ホテルロビーの休憩所の椅子で寝ていたようだ。
「何かとてつもない悪夢を…。気のせいか。」
桜は自然と記憶を捏造していた。
遊び疲れて氷柱たちは部屋に戻ったが桜は何故か休憩所で寝ていた。
そう記憶を書き換えた。
「さーて、部屋に戻って晩御飯でも…」
部屋の鍵を取り出すためポケットに手を入れたとき、鍵以外に何か紙が手に当たった。
見に覚えがないため取り出す。
『ごちそうさま♩ by椿』
桜は嘔吐した。
そして、偽りの記憶を真実に書き換えられた。
ホテル外の池
「ママ〜、見て。あの女、泥で口をゆすいでやがる。」
「どこでそんな言葉覚えたの!」
ペチンと乾いた音がした。
そんなこと意にも介さず桜は泥で口をゆすぐことに精を出していた。
「ウ…ウチのライフはもうゼロなのよ…。」
それから桜のライフが回復したのは晩御飯を食べてからだった。
「うんまい!!さすが一流シェフのバイキング!!」
「桜ちゃんってぇ〜」
「食ったもんどこにいってんだ?」
「筋肉とか桜ブラックホールでしょ」
桜とは対象的に上品に、女の子らしく食事をする南、氷柱、七海。
「おかわりとってこよ♩」
「今、何杯目?」
「10くらいかなぁ〜」
「あの、怪物のことはもういいわ。それより明日の話をしましょ。」
氷柱が旅行パンフレットを広げ話を始める。
「わたしぃ、ガラス人形の館がいい〜!」
南は人形コレクターである。
「じゃあ、私は古城跡地かな。この近くだよね。」
七海は古い建造物などに興味がある。自称歴女である。
「私はオペラ館にいってみたいわ。」
氷柱は家での教育の影響で昔から上品な趣味を持っている。
「桜はどうすんの?」
「海!」
「野生的ね。」
夜、ふと桜は目を覚ました。時刻は深夜3時。とても今から起きていたら一日もたないだろうと思い再び瞼を閉じる。
「眠れない…。バッチリ冴えてやがる…」
仕方が無いので、付近のコンビニへと買い出しに行くことにした。
「…桜?」
物音を立ててしまったのか、同室の七海が起きた。
「便所で大きいほうを…」
「下品すぎ…」
グアイの夜空は澄み切っていた。
ホテル付近は深夜に営業している店がなくとても暗いが、おかげで星がよく見える。億千の星が見える島という触れ込みがネットに書いてあったが、本当だなと桜は感じる。
深夜であるが、店が並び栄えている方向へ行くと街明かりが多くなる。若者と思われる人がたむろっていたり、若干の危険性はあるが、桜なら危険は皆無である。
コンビニでジュースを購入し、少し栄えている所を離れ、夜の一人散歩をすることにした。
これが桜本人の“ 意思 ”による行動かは考えもしなかった。
「いやー、夜の散歩ってーのもいいなー♪帰ったら日本でやってみようかな♪…いやそんなことしたら茜さんに殺されるな…」
完全に一人だと思い、大きな声で独り言を呟く。
目的もなく歩いていたらいつの間にか、『古城跡地公園』というグアイの名観光地へたどり着いた。
ここは草原の他、所々ローマ遺跡を
「ん?なんだあれ?」
桜は今、公園を歩いていたのだが出口付近を見ると柵が壊れているのを見つけた。その壊れ具合からしてそこより奥へ進むことができそうである。
「おっ♪らっきー!まだまだウチの旅は終わらないぜ!」
「…」
ツッコミのいない寂しさを感じつつ、桜は単身でさらに奥へ、古城跡地へと進んで行く。
着いた先は草原の至る所に古城の瓦礫が突き刺さっていたり、柱が立っていたりと、城としては成り立っていないような場所にいる。
この跡地は奥の方に少し城が残っているだけで、基本はこのような瓦礫があるだけの場所であり、警備は皆無である。
「おっ?今まで気づかなかったけど…」
空を見上げる。
真ん丸の月。その光が街頭のないこの草原を照らしていることに今改めて気づいた。
「都会にいるとこういうありがたみってーのを忘れちゃうよねー。」
ぼんやりとお月見をしている。
月に雲がかかり、そろそろホテルへ戻ろうと踵を返した。
「忘れたころに思い出す。私もよくわかるぜ。」
声がした。
声質からいって女の声。桜は警戒して周囲を見渡す。
「おいおい、忘れちゃったのー?東海林桜よ。」
見つけた。
瓦礫と雲の影で顔は見えないが、姿を見つけた。
「よう、東海林。」
「来栖…」
来栖は目を細め、桜を下から上まで舐めるような目で観察をする。
桜は、忌々しげに来栖を睨みつける。
彼女の名前は “来栖”。下の名前はわからない。
年は桜と同じくらいだと思われる。
黒く長い髪。特徴とも言えるそれを見て桜は三年前の河原での戦いを思い出す。
お互い過去の因縁、殴り合いの決着がつかなかったという因縁があり、戦闘態勢へと入る。
「久しいねぇ、最後に会ったのが…」
「中学二年だから三年くらい前か?つーか、久しいって言えるほどの仲でもないっしょ。一回喧嘩しただけだし。」
「ああ、そうだな。」
一歩、一歩ずつ桜へと近づいてくる。
「ここにいるのは私とお前だけ。つまり…。」
コキコキっと指の骨をならす。
「つまり、そういうことだ よな。」
二人がお互いへ向かい歩みを進める。
お互いに恐怖はない。いざ相手の拳が飛んでこようが負けない自信がある。
そして…
あと少しで接近するほど近寄る。そこで…
「ま、こんな旅行先で殴り合う “ 必要 ” はないな。」
そう言い、来栖は桜を過ぎ去りはなれていく。戦いの意志はない。それを語るように無防備な背中、軽快な足取りを見せ桜から離れて行く。
「確かに、 “ 必要 ” はないな。」
桜も来栖とは反対方向へ歩いていく。
二人はお互いに背中を向け距離を開く。
「ああ、まったく。」
「ああ、そうだとも。」
「「だけど。」」
二人は歩みを止める。
「「 “ 理由 ” はあんだよっ!!!」」
お互い、まったく同じタイミングで踵を返し突撃した。
二人の突き出した拳がぶつかり合う。
その衝撃は草を、土を、空気を震わせていた。
ホテル外
丁度桜が夜の散歩へ出かけたとき。
「ん?あの野郎、どこ行こうとしてんだ?」
識は “何故か” 目を覚ましてベランダで星を見ていたら桜を見つけた。
「仕方ない。これでも桜の執事だからな。何かあったら困るし追いかけるか。」
識は桜の後を追いかけた。