108 ボーイミーツガール
村瀬サリサとビーチバレーで勝負することになった桜たち。村瀬は自分のパートナーを連れてきた。
「じ…自分が村瀬殿の相方を務めるのでしょうか?」
連れてきたのは、大柄な体躯を、顎に立派な髭、そして渋い顔立ちを持った男。昔の武将のような男である。名前は堅威。村瀬同様倉田に仕えている人らしい。
「堅威さん、仕事ではないのでもっとリラックスしてください。あと何で水着じゃなく袴なんですか…」
村瀬としてはあまり納得のいく人選ではなかった。堅威は真面目すぎる人間で村瀬の洗脳がまったく効かないので、扱いに困る。だが、勝つために他に妥当な人はいなかった。
「倉田家に仕える武士として、いついかなる時も…」
「はいはい、それじゃあやりますよ。」
村瀬はあきれ顔で堅威とのやりとりを終え、コートに立った。
「桜、あの人おっさんだよね?」
「いや、顔はおっさんだけど、学校で見たことがあるような…?」
「自分は高校二年生であります。」
「「マジかっ!」」
そして、試合が始まった。
ルールは先ほど桜達が行っていたものと同じである。
21点先取で勝利である。
村瀬のサーブで始まった。
意外にも強烈な、サーブなので七海では取れないと判断した桜が落下地点へと移動する。
「七海!拾うからトスして!できる?」
「バカにしてんの!?氷柱や南じゃないんだよ!」
桜のレシーブ。球はネット前へと落ち七海がトスをして上げる。
「うおりゃぁ!」
スパイクが決まる。
球は猛スピードで相手のコート、それも誰もいない場所へと叩きつける。
打ったスパイクのスピード、そしてコース。その二つを考慮して決まったことはほぼ確実であった。
「堅威さん!」
「御意!」
堅威は両足に力をいれ、大きな体躯に似合わない素早いスピードで一瞬にして落下地点へ移動する。
「なん…だと…!?」
決まることをほぼ確信していた桜は驚愕した。
一瞬で移動した硬威は落下数センチの所で足払いをし、球を宙へと上げた。
そこからの行動は早かった。
球を上げた硬威の肩に村瀬が乗り、そこを足場に跳躍。球が最高地点へ到達する前にクイックショット。
狙いは七海であった。
このクイックショットは桜が先ほどのスパイクで態勢が万全ではなく、七海のフォローに入れないことを見越しての作戦。
そこ狙い通り、『通常並の運動神経』しか持ち合わせていない七海では取ることはできなかった。
「くっ!あいつら二人は運動能力がウチらと同じ『バケモノクラス』か!」
その『バケモノクラス』というのには、桜や識、徳川、織田など桜とまともに戦える人物を指していた。
七海を集中的に攻撃されると圧倒的に不利になる。
「う〜…さくらぁ〜、あんたのような奴が二人いるよぉ〜。」
「くっ…」
涙目で語る七海にまったく責はない。
一般人がとれるような球ではなく、桜のような常人を凌駕した人がとれるような球であった。
そこから15点も連続で取られてしまった。
「うう…、ごめんよ桜。」
「だ…大丈夫だよ!これから挽回さ!」
などと強がってはみたものの、逆転の策などまったくなかった。
「おーっほっほっほ!無様な姿ね!東海林桜!以前の屈辱なんて忘れてしまいそうだわ!」
「こいつ…あの水鉄砲大会の恨みまだ持ってるのか。」
「さあ!次の一撃で冥府魔道への引導を渡してあげるわ!」
「お、桜じゃないか。」
声がした。それは聞きなれた声でもあり、この場では希望の声でもあった。
「識?」
「会うとは思っていたが、一日目からバッタリ会うとはな。驚いたぞ。」
桜と同じくグアイへ旅行していた執事、中嶋識であった。
識の背後からひょっこり顔を出すのは、桜邸のメイドである雪音。
「わぁ、桜さん!こんなに早く会えて嬉しいです♪それと…」
視線が雪音を見て少し不機嫌そうな顔をしている七海へと移る。
「あの時の『般若さん!』」
「だれが般若だぁ!小娘ぇっ!」
般若のような形相へと変わる。
「いや、小娘って歳そんなかわらないからな。あと顔戻しとけ。」
「そそそそれよりも!村瀬メンバーチェンジ!」
好機、希望が舞い降りた。七海と識を交代させれば勝機が見える。
が、
「は?ダメよ。何言ってるのかしらね、この貧乳は。水着だからよくわかるわ。」
「あー、それはわかるな…ぐぼぉっ!?」
「だーっとれ!」
村瀬はともかく、識が変な所で同調したので制裁回し蹴りを入れる。
「で、何でよ!いいじゃん!ケチ!」
「そんなあんたに都合のいいルール。勝手に作ってもらっても困るわ。ま、七海さんが日射病とかで倒れたら別だけどね。」
七海の様子からして日射病にはなりそうにない。村瀬は軽く冗談のつもりで言ったつもりだった。
「そうか!」
桜は何か閃いた様子で七海へと近づく。
「何?」
「ごめん、後でジュース一本。」
手のひらを縦にし先に謝罪を済ませ、大きく息を吸い…
「桜式、無手の型・当身ッ‼」
「っ!?」
七海は気絶させられた。友の放った拳によって。
「桜、お前腹パンって。」
「七海だからこそできた技だよ。氷柱なんかにやったら骨を折らないように加減するのは至難の技だし。」
「だからって…。」
さすがに識も動揺が隠せなかった。当事者である桜は軽く震えていた。
「ただ目覚めた後が怖いのも事実なんだよね。さて!村瀬!」
「切り替え早いわね。言いたいことはわかるわ。まぁ、動けないのだから仕方が無いわね。いいわ、チェンジを認めるわ。」
「待て。」
識が止める。
「何?どうしたの?」
「俺はまだやると言ったわけしゃ…」
「無視っ!さぁ始めるぞ!」
識のやる気など度外視し、再びゲームが始まる。
村瀬の強烈なサーブ。
村瀬にとって識の力は未知数というか、識のことすら知らない。試し打ちのようなものだ。
「まったく、おい桜。」
球などたいして見ずにサーブをパンチングで広いネット際へあげる。
「こんな勝手しといて貸しだからな。」
「それ、主人であるウチに言う言葉?」
ぐったりと首を落とす。識は茜のように主従関係逆転行為はできないと悟った。
喋りながらも、桜は軽快に動く。
球をトスし、スパイクするにはいい位置へあげる。
「まったく、執事ってのも辛いな。」
驚異的な跳躍力で球が腹部に当たるくらいまで飛び、拳を構える。
(中心は…ここかっ!)
球のど真ん中へ拳を突く。真ん中を突かれた球は力を分散させることなく、識の拳の力を100%受け相手コートへと向かう。
「硬威さん!」
「ぬうっ!」
先ほどの桜のスパイクよりも早い球であり、硬威は間に合わなかった。
「「よっしゃあ!」」
これで勢いをつけたのか、その後桜チームは得点をとっていき、17対17まで点差を埋めていった。
このとき、村瀬は内心焦っていた。
(このままでは負ける。こんなに連続で点を取られるなんて…。)
硬威は感情をあまり出さない人だな悔しそうに地面を見つめていた。
敗北
その可能性が、ある決断をさせた。
「硬威さん。これは倉田さんの名誉に関わる問題です。負けとあらば倉田さんの顔に泥を塗るも同然の行為。代理で許可します。“ 波動 ”を開放しなさい。」
「御意ッ!!」
その言葉を待っていたと言わんばかりの声。
硬威は足を開き、身体全体に力を込める。
「はああああぁぁっ!!!」
すると、硬威の周囲で付近の砂が舞い上がる。砂は硬威を中心に円周を描くように回る。
「マジかよ…。」
「…これは、妖怪?いや…」
「識さーん!桜さーん!気をつけてぇ!」
今まで黙って観戦していた雪音が急に騒ぎ出した。どこか動揺しているような、そしてそれに対して警告をするような焦りがでていた。
「大丈夫。どんな相手だって…」
「俺たちは負けない!」
「いや、そんな息をピッタリに格好をつけないでください!」
「むんっ!!」
硬威は先ほどよりもさらに加速し、球を拾った。
走るとき、いきおいがすごいのか、砂が硬威の通った後を円を描くように舞った。
「私も負けてられませんわ。」
今立っている砂のすぐ下へ手を突っ込んだ。
そして、そこから取り出したものは…
「棍棒!?」
村瀬愛用の棍棒であった。
「ちょっとまて!卑怯だろ!つーかいつ仕込んだ!?」
「武器は禁止だなんて聞いてませんわ!」
硬威の手をかり、いままでにないくらいの跳躍を行った。
空中で棍棒をビリヤードのQを突くように構える。
「『コー ドQ』」
ボゥンッ!!っと球の空気が今にもはじけそうな音がした。
球は桜陣営のコートへと向かう。
だが、それに反応できない桜たちではなく、識が落下地点へ移動した。
すると、空中で球は急に軌道を変えた。
ネットを過ぎたところで、右に軌道を緩やかに変えた。
「な!」
さすがに反応ができずに球は地面へと叩き付けられた。
18対17
村瀬のサーブ。桜たちは難無くそれを拾い、桜がトスをする。
すると
「識!歯を食いしばれ!」
「え?」
桜は識の足をつかみ、“識を棒のように 振り回し”、“識で”球を高い打点で打つ。
それは村瀬たちにとって予想外の出来事であり、得点を許してしまった。
「てめーー!!!」
「やった!一点入ったよ。」
18対18
そこからの攻防は凄まじかった。
バレーらしからぬ行動のみであったが、オーバーヘッドキックなど相手の意表をつく行動をし、お互い譲らず得点は 20対20 となった。
この攻防で感じていた。
村瀬のスマッシュはネット際でブロックすれば大丈夫であるが、硬威の鉄壁のガードは易々と崩せるものではない。ここ2点の桜たちの得点は相手のミスもあってのことであった。
桜のサーブから始まる。
村瀬が拾い、ネット際へボールがあがる。
「硬威さん!」
「御意っ!必殺!」
硬威が全身に力を込め、砂が舞い上がる。
そして急に爆風が起きた。それを反動とするかのように硬威は勢いをつけて球の元へ真っすぐ跳躍。
「“岩・砕・撃”」
球は“丸”ではなく、“楕円”の形をしていた。それほどの力を込めた一撃。
その数秒前、硬威が力を込めたとき、確実に強力なスパイクを打たれると感じ、硬威が打ちそうなコースへと移動した。
村瀬と違い、性格的に曲げるようなトリッキーな球は打たないとふみ、硬威の腕に視線を集中し、コースを見極める。
(勝負は一瞬見極めろ、見ろ見ろミロみろみろみろ…)
(集中だ。あのときの…弾丸を相手にしていたあの頃のように)
球が放たれる。
球は識へ向かって真っすぐに飛ぶ。
「仕方ない!秘技・『旭日昇天』ッ!!!」
大地を踏み、同時に足を屈折させ、バネを溜める。
そのバネを反動に “天” へと “昇る” そして拳を突き出す。
球は識の拳と当たったとき、互いの逆ベクトルが衝突し、静止した。だが、勝負はすぐについた。
「とべええぇぇぇぇっ!!!」
翔ぶ。識と球は天へと翔んだ。その光景は本当に “飛ぶ” ではなく “翔ぶ” という言葉がふさわしいかのように空に浮いていた。
「桜ぁっ!
「よくやったっ!後はウチがやる!こい村雨!!」
桜の手に光が集う。その光は次第に刀を形成し、光がはじけると木刀・村雨が現れた。
木刀を両手でもち、スパイクをしようとネット際の球へ向かう。
「今度はウチがみせてやる。桜式…」
上段の構えを保ったまま落下の重量をも力に加えようとする。
「一ノ型派式・ “天誅” 」
木刀を振り下ろし、球を強打しようとする。
「今です!硬威さん!」
「御意!!」
「 “紫砲” 」
硬威の両手に乗り、砲弾のように村瀬が真っすぐ球へと向かう。その手には棍棒。
桜の振り下ろした木刀が、村瀬の棍棒が、それぞれ球を同時に打つ。
勝敗は…