102 旅行前の下準備
黒井が操縦する特殊ジェット機(四人乗り)が桜の従兄弟である恋継邸につくまでそう時間はかからなかった。
桜たちが出発した後、茜が一報入れていたので、恋継邸につくなり出迎えの執事、メイドがずらりと待ち構えていた。
「お待ちしておりました。桜様。」
「ども、久しぶり。」
執事長らしき人物が声をかける。
桜とこの人物は古くから面識があるようだ。
「恋継様はこちらです。ご案内いたします。」
ヘリポートから屋敷内部へと入る。
この家には、桜の母親である東海林花の姉にあたる、東海林瞳、その夫のヴァレンタイン、そして子供である恋継、恋美、愛歌の五人が住んでいる。
家自体はとても“家”と呼ぶには相応しくない15階建ての会社ビルのような外見をしている。
桜たちが今いるのはそこの屋上、ヘリポートである。そこのエレベーターにて、恋継の部屋へと降りていった。
「よ、兄貴。」
「なんだ、桜か。今忙しいから適当に座ってくれ。」
そう言う恋継。何やら謎の科学薬品を作っているように液体を混ぜ合わせていた。
実はこの家は、家であると同時に会社でもある。名前は“東海林バイオテクノロジー”。業界では大手の企業である。
その次期社長として恋継は日々研究や経営に勤しんでいる。
「だってのに、どうしてガスが充満している部屋で火なんかつけるかね…。おかげで識の家は木っ端微塵になったよ。」
「何か言ったか?」
「いーや、何も。」
識の家を木っ端微塵に爆破したのは、この恋継である。
その責任を感じて、路頭に迷っていた識を寝泊りが桜邸で可能な執事の仕事を紹介した。
だが、当の本人は誰の家を爆破したのかを知らない。それは恋継の責任ではない。東海林家の力に、いや東海林家長男である薔薇都の手腕によって、そこは「空き家」として処理し、恋継に報告していた。
世間体を気にする薔薇都ならではの規模の大きい行いである。人一人の家の存在を消したのである。
しかし、桜はこの家。識の家を知っていたので、薔薇都によって情報が消されていても、識の家ということは知っていた。
「まったく、東海林家ってのは…」
ボソリと小さな声で愚痴を言う。
「でさぁ、そこをどうにかぁ~」
「お前が可愛く頑張っても、可愛くならん。」
怒りのボルテージが上がってきた。だが、ここでいつものように殴ってはいけない。桜は残った理性で自分を抑えている。
そして、待っている二人を見たとき、活路が閃いた。
「雪音さん。」
「はい?きゃあ!」
桜は雪音の腕を強引に引っ張り自分のそばへと寄せた。
「ほら、こんなに可愛い子がお願いしているんだよ。」
「あう…」
しどろもどろと、雪音はどうしていいのかわからず、困っていた。だが、その状態が幸運を呼んだ。
「萌え…」
とても小さな声で恋継が言った。
次の瞬間、ツーっと鼻の穴から赤い液が垂れた。
「いいだろう、桜。その子に萌えたぞ。その子のためなら作ってやろう!」
困惑している雪音を見て、逆に好感を持った。というより、萌えたらしい。
恋継は好感を持った女のためなら何でもする。プラス若干のロリコン属性の持ち主でもある。
その二つの要素を桜は知っており、利用をした。
以前、恋継部屋でイタズラをしようと歩き回っていると、足元に何かが当たった。それを拾い上げると…、18禁ゲームであった。しかも基本ロリキャラが登場するものである。
「さあ、雪音さん。こちらへ。二人で証明写真を撮りましょう。」
本人は爽やかな顔をしているつもりなのであろう。だが、傍目から見れば、獣が餌を見つけよだれをたらしているかのような顔であった。
「そんな顔のやつに女と二人っきりにさせるか!ウチも行く。」
そんな出来事もあり、とりあえずパスポートの件は片がついた。
一週間以内には出来るので、完成したら送るとのことである。
さて、旅行前の桜邸はこのようなものであったが、他の家はというと…
西園寺家。
「お父様。」
七海の父親こと西園寺大海の部屋へと襖を開け入る。
「どうした。七海。」
自慢の髭の手入れをしていた途中であったのか、手鏡を持っていた。
「一週間後、グアイへ旅行として行ってきます。」
「何!グアイへ“殴りこみ”じゃと!!!ええいわしもこうしてはおれぬ!わしもゆくぞ!」
「あの…お父様?殴りこみではなく…というかそれらしい言葉は言ってませんが。」
「ふっふっふ。わしも若い頃は“旅行”と言って組潰しをしたものじゃ、血が騒ぐの…ぶはぁ!」
無理に身体を動かしたので、身体に障ったようだ。
「え!?ちょっとお父様!吐血してるわよ!」
七海の家はこのような感じであった。
北皇子家。
プルルルル、プルルル。
氷柱は自宅で電話をかけていた。相手は父、今は北皇子総合病院にて仕事中らしい。
「氷柱です。」
『氷柱か?どうした。』
「一週間後旅行へ行きます。」
それと言った途端、しばしの沈黙が続いた。沈黙ではあったが、何かガタッという音がした。電話でも落としたのであろう。
『な…な…』
「な?」
『なんだとぉーー!!!お母さーーん!!氷柱ちゃんが旅行に行っちゃうよ~~!!え~~ん』
氷柱の父は娘に溺愛していた。
電話の向こうからかすかに声が聞こえる。
『ちょっとあなた!ここは仕事場なんだから静かに!』
『氷柱ちゃんがぁ~~』
北皇子家も忙しそうである。
南嶋家。
「パパァ~。」
「…」
南嶋家の父は、寡黙で厳格という言葉が似合う風格の持ち主。
妻はその夫とは対極的に温厚でやんわりとした物腰の持ち主である。
「わたしぃ~、旅行に行ってくるねぇ~。」
「そうか。」
父と娘の会話は最低限の言葉のみで終わった。
南嶋家の父との会話は大抵はこのようなものである。父は最低限の言葉、動作しかしない。そこに威厳を感じてしまうのが不思議なところである。
グアイ島のビーチ
「ねぇデルタ。」
「何だエコー?」
デルタと呼ばれた男性。エコーと呼ばれた女性。金髪の二人は水着でビーチで寝転がっていた。
男は身長が180はあろう長身のイケメンと呼ばれる美男子。
女は巨乳が目立つち、顔も整っている美女。
「さっきから何ボケッとしてるの?」
「ああ、何だかむずむずするんだ。」
「ちょ!私のナイスバディ見てそんな!きゃ♪」
「いや、そうじゃなくて。」
エコーはむすっとする。
「ちょっと、私のボディ見ても何も思わないわけ?」
自慢の巨乳は強調する。が、デルタは見ようともせず、海をただただ見ていた。
「何だか、近いうち懐かしい気分に浸れそうなんだ。」
それを聞き、エコーは指をあごの下へあて、考える。
「そうねぇ、アンタは勘が鋭いからねぇー、あながち本当に“あいつ”に会うかもしれないわよ。」
「“あいつ”か…。もうどこに行ったのかわからないな…。本当に会ったら。」
「殺すの?」
エコーは先ほどまでと雰囲気を一遍させた。
「…、俺はそんなことしないさ。わかってるだろ。」
「まあねぇ~。っと時間よ。任務を始めましょう。」
「ああ。」
二人は起き上がり、ビーチを去る。
二人はグアイ島で“あいつ”と再会を果たせるのか?
それは…