温かい飲み物
店に帰って来て言われた一言。
既に日が傾き本来ならお店は閉まっている時間だったので驚いた。
「お前を待っていたんだ。早く作れ。」
偉そうに座り、喋っているいつかの派手なお客さんがいた。
あっ自称織田信長様だ…。
本物だという確証は持てないけど、本物だった時に殺されないように丁寧に接客しよう。
それにしてもこの人………。
「中で待って下されば…。とにかく外は寒いので中にどうぞ!!」
何故かこの人は風が冷たい外で待っていたのだ。
よしさんの事だから一応中で待つことを進めてくれたんだろけど聞く耳を持たなかったんだろうな。
店の中に入る際にその人の手と私の手がぶつかってしまった。
わっ、冷たい…。
あまりの冷たさに私が驚いてしまった。
きっと長い事待っていたのだろう。
「すみません、お待たせして。直ぐに温かい飲み物を用意しますから。」
今日はとても疲れていて一秒でも早く休みたかった。
でも、手が冷たくなるまで私を待ってくれていたお客さんがここにいる。
そう思うと今日はもうちょっと頑張ってみようと言う気持ちになるのだ。
それに待ってくれた感謝の気持ちは今の私には料理でしか返せないから。
料理場の入り口でよしさんと与一君がこちらを伺っているのが見えた。
二人のこの反応…もしかして。
「今、戻りました。今からご飯作るのでお二人ともお手伝いお願いします。」
ここでは話が出来ないと思い、声があまり届かない料理場へ自然に誘導する。
二人とも不安そうな、心配そうな顔をしている。
「菜、あんた…あの人。」
「そうだよっ。あの人は尾張のー」
二人が言いたい事がわかってしまった。
こんな顔をさせたくなかったから黙ってたんだけどなぁ。
「お殿様なんでしょ。」
私がそう言うと二人とも目を瞬かせた。
「知ってたのかい?」
「黙っててごめんなさい。初めて会った日に本人から聞きました。二人を不安にさせたくなくて黙ってました。」
どういう成り行きで二人に正体を明かしたのかは知らないけど困った人だ。
与一君も私を心配して帰る時間を過ぎても残っていたんだろう。
「与一君も心配させちゃったね。ごめんね。でももう大丈夫だから。」
だから帰ってもいいよって言おうとして辞めた。
与一君の顔を見た後によしさんの顔を見たら二人とも不安そうな顔のままだ。
いくら私が大丈夫と言っても二人は心配するだろうな。
「よしさん、与一君。最後まで見守って下さい。お願いします。」
「当たり前さね。」
「うん。俺手伝う。」
話している内に丁度お湯が温まってきた。
まずは温かいおしぼりを届けよう。
「与一君はもっさんから牛乳絞ってきて。多めにね。よしさんは生姜を薄く輪切りに切って下さい。私はおしぼり渡してきますから。」
「あいよ。」
「うん。」
私は急いでお客さんにおしぼりを届けた。
「先におしぼりをどうぞ。」
お客さんにおしぼりを渡すと手を拭きながら、ふう~っと小さな息が聞こえた。
やっぱり外は相当寒かったらしい。
こういう所を見ると私が想像している冷酷で残忍な信長に見えない。
何処にでもいる血の通った普通の人だ。
「今温かい飲み物を持って来ますから。」
そう言って料理場に戻ると既に私の指示していた作業が終わっていた。
「牛乳絞って来たよ。」
「こっちも生姜切り終わったよ。」
「二人ともありがとうございます。」
生姜を牛乳に入れて火にかける。
沸騰する直前で鍋を火からおろしてっと。
「これ何の料理?汁物?でも具が生姜だけだし…。」
与一君が真っ白い牛乳を見つめて頭を傾げた。
スープにしたりクリームコロッケやフレンチトーストにしてたっけ。
皆には牛乳を牛乳という飲み物として出した事が無かったな。
「これは飲み物だよ。感覚としては水とか白湯とかお茶に入る…かな~。」
「生姜が入ってるのに?」
もしかして生姜を食べようとしてるのかな。
さっきもボソリと具が…って言っていた。
「生姜は食べません。」
「っ!!!」
そう言いながら牛乳の中から生姜を取り出す。
与一君にとって生姜を食べないのが予想外だったらしい。
「さぁ、湯飲みを四人分用意して。」
「あいよ。」
後ろからよしさんがサッと湯飲みがを四人分持って来てくれた。
今言ったばかりなのに。
今度は私が驚いてしまった。
「いつも新しい料理をする時は私達の分も絶対作るだろう?それに飲み物って言っていたからね。」
「やっぱりよしさんには敵いません。ありがとうございます。」
この人には一生敵わない気がするよ。
そう思いながら牛乳を湯飲みに入れる。
「もう飲んでいいの?」
「ちょっと待って。」
ここで秘蔵の蜂蜜を登場させる。
これが無いと始まらないっ。
「この蜂蜜を好きな量入れて完成だよ。甘々にしても、甘さ控えめでも自分のお好みで。ここに二人用の蜂蜜置いておくから。私お客さんに渡してくるね。」
そう言って急いで特製ホットミルクを届けに行った。
次回もお楽しみに!