試したい事
女性は何度か瞬きして笑った。
「ぷっ…あははは。大きい声が出たね。言ってみな。」
試したい事があり、つい大きな声が出てしまった。
「実は少し場所を提供して欲しいんです。馬車を繋いでいる所でいいので。」
「場所?なんでまた…。」
お隣で商売をさせて頂くかもしれないから、しっかり説明しなくては。
「先程一度食べたら買うっとおしゃっていたのを聞いて思いついたんですが、試食をお客さんに勧めてみようと思うんです。」
「し、ししょく?」
あっそうだった。
この時代にはまだ試食と言う言葉が無かったんだった。
「お客さんに惣菜まんの味見をして貰おうと思っているんです。勿論味見にお金は取りません。そうすれば売れると思うんですよ。」
「だけど…それじゃあ、儲けが少ないだろう。」
「確かに最初はそうかもしれませんが、一人のお客さんが二つ、三つと買って貰えれば今のままよりは儲けは出ます。場所代もちゃんと払います。なのでお隣を少し貸して下さい。」
イメージとしてはフードトラックみたいにして場所を借り、そこに試食をプラスする感じだ。
女性は少し悩んでからニッと笑う。
「中々面白いじゃないか。いいよ、やってみな。」
「本当ですか?ありがーー」
お礼を言おうとした時に奥に消えたはずの旦那さんがそれを止めた。
「駄目だ。」
「いいじゃないかぁ。別に。」
「お前は黙ってろ。」
厳しい顔をした旦那さんが私の前に立ちはだかる。
「話は聞こえた。いい案だとは思うが駄目だ。」
旦那さんが反対している理由が分からない。
ここは素直に聞こう。
聞かなければ解決も出来ない。
「理由を聞いてもいいですか。」
「俺の店の売上げが下がるからだ。俺の店もあんたも食いもんを売るんだ。あんたの方に客が入れば、腹が膨れた客は俺の店には当然来ない。場所代?そんな金より客が増えた方がよっぽど儲かる。俺の店に得が無い事をなぜわざわざやらなければならない。」
旦那さんが反対している理由はわかった。
惣菜まんは直ぐに食べてなんぼの料理だ。
現代で言えばファミレスの横に屋台がある感じだろう。
双方の客の引っ張り合いになるか、どちらかに利益があるかだ。
だったら………。
「私の目的が達成したら旦那さんに惣菜まんの作り方を教えます。目的が達成するまでは場所代とその日の売上げの一部をお渡しします。」
場所代と売上げを少し持って行かれるのは痛いけど今はそれしか思いつかない。
惣菜まんは今後の事を考えると家の店の仕事量からして今後は売れない。
だから惣菜まんのレシピを教えても大丈夫と判断した。
「それでも嫌だと言ったら?」
旦那さんが私の目を捕らえる。
私もしっかり旦那さんの目を見て答える。
「その時は潔く諦めます。他のお店で今の条件でお願いしたいと思っています。」
「はっ、脅しか。…それが本当に売れるとでも?」
旦那さんの質問に即答する。
ここで少しでも言いよどんだら駄目だ。
「絶対売れます。」
見つめ合う事数十秒。
旦那さんはいきなり店の奥に歩き始めた。
「帰れ。」
冷たい一言が放たれた。
駄目だったみたい……。
「売上げはいらん、場所代だけでいい。目的とやらが終わったらそれの作り方を教えろ。」
そう言い残して店の奥に行ってしまった。
交渉…成立した…。
一瞬駄目かと思ったけど、良かった~。
「良かったわね。ごめんなさいね、うちの旦那が怖がらせちゃって。」
「いえいえ、これからよろしくお願いします。」
これからもっと気合を入れて頑張ろう。
「あいよ。そう言えば名前を言ってなかったね。私の名前は初、旦那は孫次郎ってんだ。よろしく。」
「私の名前は菜です。ではまた明日お店に来ます。」
相談なしに惣菜まんのレシピ売っちゃった事とか帰ったらよしさんに話さないと。
一つも惣菜まんは売れなくて焦ったけど、何とかなりそうだ。
次回もお楽しみに!