思い出のおにぎり(時次目線)
任務でいた町を離れ、我が主の元へ急ぐ。
一年も居なかった場所を恋しく思ってしまう。
様々な場所に留まる事もあの町より長くいる所も多かったが、そんな感情が沸くことは無かった。
それは私が一定の距離をたもって人々と接していたから。
いずれ攻める国の人に情を持てば刃が鈍るのは目に見えている。
だから今回だってそうしていたはず……。
「だったんだけど…な。」
がらにもなく心の臓の奥が痛い。
痛む場所をさすりながら、あの町にいた一人の女性を思い出す。
「はぁ。これは重症だな。」
痛む胸を拳でドンッと叩いて奥に疼く痛みを魔化す。
だけど、痛みは消えない…。
ますます強くなるばかりだ。
その痛みを忘れようと必死に歩く事に集中する。
気が付くと日は暮れ、予定の町にたどり着いていた。
適当な宿を探し、部屋で休む。
畳の上にそっと荷物を置き、中から竹の葉の包みを取り出した。
「重かったな…。」
無我夢中で歩いていたせいで食べるのを忘れていた…いや、食べれなかった。
これを見た瞬間、止まっていた痛みがぶり返す。
この包みの中を見たら何か…何かに気づいてしまいそうで怖い。
次こそ心の臓が止まるのではないか?など訳がわからなことを考え始める自分にあきれる。
「おにぎりが怖いとはな。上杉軍の笑われ者だな、これは。」
決心して竹の葉を一枚、一枚開いていく。
おにぎりの姿があらわになる。
「懐かしいなぁ…。」
おにぎりを見て懐かしさのあまり笑ってしまう。
彼女に興味を持つようになったのはこの頃だったような気がする。
私が悩みに悩んでいた問題をいともたやすく解決してくれた。
たけのこの混ぜおにぎりとふきの辛味噌のおにぎり。
一つ見慣れないおにぎりが目に付いた。
ここには味噌おにぎりか、梅みょうがのおにぎりがいつも入っていた。
しかし、このおにぎりは肉と玉子が混ぜ込まれている。
「食べてみるか。」
おにぎりの頭をかじる。
一口食べると口の中に懐かしさが広がる。
これは以前食べた事がある。
たしか…。
「親子丼。」
あの時の親子丼の味がする。
私が菜さんの料理の中で一番好きだった料理。
気付いていたんですね…本当に素晴らしい料理人ですよ。
「菜さんのそういう所はかなわないなぁ。」
「うん、このおにぎりも美味しい。」
夏によく出されたおにぎりは、いつもよりほんの少しだけしょっぱかった。
「塩漬けか…。」
おにぎりを腹に入れれば入れるほど腹の辺りが温かく感じた。
そのぬくもりは長いこと続いた。
菜さんから頼まれたこれもあの方にしっかり届けなくては。
これであの方もしっかりご飯を食べてくれるはずだ。
本庄実乃殿の報告によるとまた食事を取らない生活に戻りつつあるとか…。
本当は菜さんを連れてこれたら良かったのだが。
いや、あんなむさくるしい場所に菜さんを置いてはおけないと頭を振る。
後日…。
「謙信様、ただいま戻りました。」
頭を上げると謙信様がふっと笑う。
「お帰り。よく戻ったね、景持。」
「はっ。謙信様に贈り物がございます。」
「へぇー。何かな?お酒?」
期待なさそうな目でこちらを見る。
私は菜さんから受け取ったレシピという名の手紙を謙信様に渡した。
謙信様はけだるそうにゆっくり手紙を開く。
最初は険しい顔で見ていたが何かに気付くとパッと顔を上げる。
目に生気を取り戻し、私を見る。
「お酒の方がよろしかったですか?」
「ふっ…。いや、とても気に入ったよ。ありがとう。景持。」
第一章お陰様で終わりました!!
これも読者様のお陰です。
ありがとうございます。
第二章も応援よろしくお願いします~。