一頭の牛
急いで男を追いかける。
お代にしてはちょっと…いやかなり高すぎる気がする。
牛一頭が代金変わりだなんて誰が想像しただろうか。
貰うにしてもちゃんとお礼が言いたい。
走りながら男を探すと暗闇に一人の男の姿が見えた。
近くによると男の派手な服がわかった。
「お客さん、ちょっと待ってください!」
私が呼び止めると男は直ぐに振り向いてくれた。
息を整えてお礼を言う。
「牛…ありがとうございます!また来てください。」
「何だ、わざわざ礼を言いに来たのか。牛の乳が売ってないなら絞るまでだ。好きに使うといい。」
男は手を振りながら歩きだし、私は深くお辞儀した。
少し歩いて所で男が止まった。
「言わんと思っていたが気が変わった。俺の名は織田信長、まぁお前に名を言った所で分からんと思うが…覚えておけ。」
男は今度こそ去って行ってしまった。
私は男の言葉を思い返しながら冷や汗を掻きながら店に帰った。
無言の帰り道だったけど心の中で目一杯叫んでた。
その名前は…っっ知ってますよ~~~~!!!
ま、まさか漫画とか時代劇とかで出てくるような有名人がお客さんとして来るなんて思ってもみなかった。
あの人の名前はよしさんと与一君には言わないでおこう。
言ったら言ったで驚いてしまうだろうし、あの人も言うつもり無かったとも言っていたから。
私も聞かなかった事にしよう…。
もう一度あの人がお客さんとして来たら平常心で対応できるか不安だな。
私だけドギマギしていそうだ。
店に帰ってからも私の脳内に織田信長という名前だけがこびりついて離れなった。
翌朝、牛に水をあげている所に与一君とやすさんがやって来た。
「師匠、おっとうが牛小屋作ってくれるって。」
「与一から聞いてな。代金変わりに牛貰ったんだろう。随分気前がいい客じゃないか。」
やすさんに強めに背中を叩かれた。
痛い、もう少し優しくお願いしたい。
「いや…悪いですよ。やすさん仕事忙しいじゃないですか。」
「大丈夫だ。今日は時次に任せて来たからな。牛一頭分の小屋なんざ一日あれば十分よ。」
小屋が一日で出来るのか…すごい。
与一君が誇らしげにやすさんの横で胸を張る。
「でもちょっと待ってください。よしさんに確認しないと…。」
やすさんがいきなり大きな声で店の調理場に向かって叫ぶ。
「お~い、適当な所に小屋作ってもいいか~~!」
「好きにしな~~~!」
調理場の方向からよしさんの声が飛んできた。
「だ、そうだ。じゃ、菜ちゃんは自分の仕事に戻りな。ちなみに朝飯は牛の乳の料理とやらでいいぜ。」
「あははは…わかりました。牛小屋はお願いします。」
やすさん抜かりないですね。
早めに小屋が欲しいと思ってはいたけど…ありがたい。
雨の中に放置とか可哀そうだからね。
やすさんが牛乳料理の事を知っているって事は与一君が話したのだろう。
本人に聞いてみる。
「昨日の牛乳料理、やすさんに話した?」
「うん。俺も食いてぇ~てもがいてたけど。話さない方が良かった?」
「さっき朝ごはんに牛乳を使ったのを食べたいって言われたからさ。もしかして~って思って聞いてみただけ。」
与一君は少し黙ってから私に謝ってきた。
「なんかごめん…。おっとうが……。」
少し恥ずかしそうに話す与一君がすごく可愛い。
「いいよ、料理好きだから。与一君もまた手伝ってくれるでしょう?」
「うん!」
一足早く…良いお年を!!
一年かん
1/1も投稿予定なのでお楽しみに。