残りのスープ
では男はどうやって牛乳を手に入れたのだろう。
私が欲しいと言った時に男は直ぐに牛乳を持って来たのも謎だ。
「お前も知っていると思うが牛の乳は生血だの飲めば牛になるだのという噂で誰も飲まない。だがな、昔は貴族にも献上していた代物だ。その頃は多くの牛も飼われていた。」
知りませんでした。
与一君からさっき聞きました。
「その頃?」
その頃という言葉に違和感を抱いた。
「詳しい頃は知らんが、俺が生まれるずっと前その噂が広まりすたれていったらしい。だから、今は売っていない。ちなみにお前にくれてやった牛の乳はここに来る前に見かけた商人の牛から絞ったものだ。」
「そうだったんですね。教えて下さりありがとうございます。」
だからどこにも売ってなかったのか…。
でも、卵とは違って昔は飲まれていた事に驚いた。
噂に関しては与一君も同じような事を言っていたので男の言っている事は間違いではないだろう。
「俺もお前に聞きたい事がある。」
「何でしょうか?」
「なぜ、牛の乳が欲しい?」
男の質問に一瞬言葉が詰まった。
この時代にあるのなら欲しいと思った、私にとって身近なものでよく飲んでいたから。
「私の故郷ではよく飲んでたので。もし売ってるのなら…と思いまして。」
「故郷の味か…。故郷はどこだ?」
「……。」
またもや、言葉に詰まる。
東京って昔の言い方で何て言うんだっけ?
いくら考えても出てこない。
故郷の味と言っていいのかも疑問だがそこはスルー。
「……言いたくないならいい。金はここに置いて行く、じゃあな。」
言いたくないのではなくて自分の故郷の名前が言いたくてもわからないのだ。
男は長椅子に代金を置いて帰って行った。
いつの間にかあの男が最後のお客さんになっていた。
私も店の中に入り窯の側で冷えた体を温める。
牛乳の件は残念だったけど…残った味噌牛乳スープが食べれるから良しとしよう。
「与一君も食べる?よしさんもどうですか?牛乳入ってますけど…。」
「うん。」
よしさんは頭を傾げた。
「ぎゅうにゅう?」
「多分、師匠は牛の乳って言いたいんだと思うよ。」
そう言えば与一君って私が牛乳って言ってても伝わってた、パン粉の時もそうだ。
雰囲気で悟ってくれていたのかな。
本当に出来る子だ。
「やれやれ…頂こうかね。」
よしさんは与一君の言葉に驚き、私を見てあきれ笑い。
三人分のスープをよそい食べる。
私だけ皆に不評だったパンを用意した。
「それ食べるの?」
与一君は少し嫌そうな顔をした。
「これ、浸して食べると美味しいんだよ。」
「ふーん。」
あれ?信じてないなこの反応。
パンを浸すのはまだせず、スープを先に一口。
何度か息を吹きかけ器に口を付けて飲む。
「んっ、あつっっ…。」
危うく舌を火傷し掛けたが、牛乳のまろやかさと味噌のコクが口の中を癒す。
ホッとする美味しさを堪能する。
鳥肉を食べてみる。
お肉が入るだけでスープの満足度がやっぱり違う。
大きく切ったから食べ応えもあり、スープも良い感じに染み込んでいる。
きのこも肉とは違う食感がまた良い…。
牛乳とも味噌とも相性が抜群。
次は里芋だ。
ジャガイモの替わりに入れてみたのだが、牛乳味噌との相性はいかに!
熱々の里芋を息を吹きかけてなるべく表面を冷まし口に放り込む。
ハフハフっ…はぁ~
冷ましたはずだったけど里芋の中は私の想像以上に熱々だ。
ゆっくり噛み口の中の熱を逃しつつ里芋のねっとり感を味合う。
「ん~、うまひっ。」
私の予想以上に味噌牛乳と里芋の相性が抜群だった。
あの男の人も芋がいいって言ってたのが分かる。
これは旨い!!
半分ぐらい食べ進めたらお待ちかねのパンを浸す儀式に取り掛かる。
パンを一口サイズにちぎりタプタプにスープを吸わせる。
スープがポタポタと落ちるぐらいが食べ頃。
スープが落ちるタイミングと戦い、いいところで口に運ぶのだ。
「ん~~!!これだねっ!」
口に入れた瞬間ぶわっとまろやかスープが溢れ出す。
パンも柔らかくなりスープにとろける。
与一君が横でもじもじしながらぼそりと呟く。
「俺も…食べる。」
「パンだよ?」
「食べる。」
次回もお楽しみに!
誤字脱字報告ありがとうございます。