めでたい
そこからはバタバタだった。
お湯を用意したり、布を用意したり初さんが苦しむ中、大急ぎで出産準備をした。
そして、この町の助産師さん?らしいベテラン風のおばあちゃんが来て間もなく元気な男の子が生まれた。
「おめでとうございます、孫次郎さん。男の子だそうですよ。」
「あっ、あぁ。」
孫次郎さんはまだ信じられない様子だ。
しばらく待つとよしさんが赤ん坊を抱っこしてやって来た。
「ほら、孫次郎さん。お前さんによう似てる。」
「………っ。」
孫次郎さんは恐る恐る抱っこし、目を潤ませていた。
すると私と与一君をいきなり見た。
「お前らっあんまり俺を見るんじゃねぇ。くそっ。」
どうやら私達に泣いている姿を見られたくなかったらしい。
「いいじゃないですか。それに私も赤ちゃん見たいです。」
「俺も見たい。」
照れる孫次郎さんを無視して私は赤ん坊の顔を見ると、確かによしさんが言っていたとおり孫次郎さんによく似た可愛い男の子だった。
初さんはしばらくよしさんのお店で体を休める事になり、孫次郎さんは自分の店を閉めた後必ず初さんと赤ん坊の顔を見に来るようになった。
普通の日常に戻りつつある、そんなある日のこと…。
「よしさん…ちょっといいですか?」
「ん?なんだい?」
初さんが寝ているのを確認し、よしさんを手招きした。
「初さんそろそろ孫次郎さんの元に帰るんですよね。」
「あぁ、そうさね。二人からそう聞いたよ。」
「実は帰ってしまう前にやりたい事があるんです。」
よしさんの耳元で話すとよしさんは強く頷いてくれた。
「そりゃあ、いいじゃない。必要な物があったら何でもおいい。」
「ありがとございます!」
私がよしさんに話したやりたい事とは初さん達が帰る日にお祝いの料理を振舞う事だった。
早速その日作る料理を考える。
赤ちゃんが生まれたお祝い料理だからめでたい料理がいいな。
男の子の成長を願う料理と言えば端午の節句の日に食べるような料理がいいかも。
「端午の節句というと…柏餅にちまき…ぐらいしか思いつかないなぁ。」
兄も弟も居なかった私には端午の節句の料理がどんなものか余り思いつかなかった。
桃の節句だったら色々知ってるんだけど。
まぁ、とにかくめでたい材料を使う事を心掛けて作ってみよう。
「まずは材料探し…なんだけど…。」
困った事にこの時期に材料は手に入りにくい。
何たって冬だからね。
そんな時は保存食の塩漬けの山菜の出番!!
「後は…あっ鯉のぼり!!後は兜とか飾りで作っちゃうとか?」
料理を考えている時にふっと屋根より高い鯉のぼりの姿や、ショッピングモールで見かけた兜を思い出した。
端午の節句と言ったら鯉のぼりに兜、想像したら少し楽しくなってきた。
料理はあまり思い浮かばないけど、それだけは思い出した。
「こんにちわ。何だか楽しそうですね。」
「時次さん、こんにちわ。実は…。」
出産に立ち会った人達は全員呼ぼうとしていたので時次さんに事の次第を話した。
すると時次さんは大きく頷いてくれた。
「それはいいですね。私も何か手伝いましょう。」
「あっじゃあ、ちょっと尋ねたい事があるんです。」
「はい、何でしょうか?」
料理は得意だが昔のめでたい材料などはあまり詳しくない。
そこでおめでたい材料がないか時次さんに聞いてみる事にした。
「そうですねぇ。筍は成長が早く伸びると言う意味があったり、鰹は勝負事に縁起がいいです。後は昆布に鯛、鮑などでしょうか。」
「確か…塩漬けの筍はあったような。鰹は鰹節が使える。けどその他の材料は流石に揃えられないかな。」
鯛や鮑は流石に予算オーバだ。
それらを使わない料理にしよう。
「他にお役に立てる事があれば遠慮せずに言って下さい。」
「その時はお願いします。」
時次さんの次にお店に訪ねてきたのはやすさんだった。
その時私は笹で鯉のぼりの試作を作っていた。
「おう。赤ん坊は元気か?」
「母子共に元気ですよ。」
やすさんが変な顔しながら私の手元を見る。
「一体何作ってんだ?」
「鯉のぼりです。やっぱり鯉に見えないですか?」
「………魚には見えるぜ。」
作って思い出した…工作の授業が苦手だったのを。
鯉のぼりは他の誰かにお願いしよう。
私にはお料理があるんだから!!
「そんなん作ってどうすんだよ。流石に菜ちゃんも笹の葉は食わんだろ。…食わないよな?」
「食べません。」
どうしてそこで心配になるんだか。
私はまた時次さんに話したように事の次第をやすさんに話した。
するとやすさんも大きく頷いた。
「そら~いい!!よしっ、俺に任せておけ!!」
「………え?」
やすさんはそう言ってご飯を食べずにお店から出て行ってしまった。
やすさんの任せておけ…は嫌な予感がする。
大変おまたせしました。
次回もお楽しみに~