時次の友人(友人目線)
大徳寺にて一人縁側で月見酒をしながらとある男を待っていた。
昨夜、梅のおにぎりが忘れられず作ってもらうように頼んだ。
月を見ながら昨日の出来事を思い出す。
まさか、狼の群れが向かうであろう場所にあんな娘がいるとは思いもよらなかった。
私を何と勘違いしたのかわからないけど、会った当初の彼女はひどく怯え泣いていた。
多分、自分のせいだということは何となくわかったので落ち着かせるために抱きしめた。
大体の女性は泣き止み、頬を染めるものだけど彼女は少し違った。
抱きしめていた私から逃げて警戒している様子だった。
こういう女性は初めてだったので驚いた。
人を呼ぶと言っておきながら人を呼ぶ気配はない。
予想だが呼びたくはない理由があるのだろう。
私に流されないことといいずいぶん賢い娘だ。
その後に狼の襲撃にあったが、彼女が自分の後ろにおとなしくいてくれたので無事に終わった。
運動にもならなかったけど。
刀を鞘に納めて後ろを振り向く。
振り向いたのと同時に距離をとられた、このぐらいの距離だったら一気に詰められるが怖がられることは目に見えているので動かずにただ声だけかけた。
だが、睨まれるだけでこっちに一向に来ようとはしない。
お腹が鳴り、このままでは埒が明かないので帰ることにした。
面白い娘だったから少し話したいと思ったけど仕方ない、ここに来ることもないだろう。
帰ろうと背を向けると後ろから声をかけられた。
私をあんなに怖がっていたにもかかわらず、声を掛けられるとは思わなかった。
そして、私に料理をふるまいたいと言う。
確かに腹は空いているが何か食べたいというわけではない。
けれど彼女がどんな料理を作るのか気になり少し考えてから承諾した。
承諾した後の彼女はほっとしたのだろう笑みをこぼしていた。
なかなかいい顔をする。
彼女が後ろを向いた時に腕を回し目の前に刀を向けた。
戻った際に誰かに自分のことを言う可能性があるので脅した。
悪いがまだ見つかるわけにはいかないんだ。
彼女はわかりましたと答え店に戻って行った。
彼女が戻って来る間に狼の後始末を近くに潜んでいる者に頼む。
今まで気づかなかったが彼女の家の方からいい匂いがしていた。
なるほど…狼はこの匂いにつられていたのか。
どうりでいつも見かけない所に狼がいるはずだ。
四半時(三十分)しないぐらいで彼女が戻ってきた。
手には笹で包んだものがあり、それを私に渡す。
中身はおにぎりだそうで内心がっかりしてしまった。
お礼は言うがおにぎりという言葉だけで食べる気にはならなかった。
これは毎日私のところに来るあいつに渡そうと決める。
おにぎりよりも彼女のえりに目がいった。
料理をしに戻った時どうやら直さなかったらしい、えりが緩んだままだ。
男性から指摘するのはどうかと思って言わなかったけど…。
おにぎりを作るのに夢中で気づかなかったのだろう、その様子を想像すると自然に笑みが浮かぶ。
いつのまにか彼女に睨まれていた。
彼女のえりを指摘すると顔が赤くなり急いでえりを直していた。
警戒心があるようでない彼女のことが少し心配になった。
そろそろ帰らなくてはとその場を去った。
道中でどんなおにぎりを作ったか少し気になり中身を少し覗いた。
そこには普通の玄米のおにぎりとたけのこが入ったおにぎりと梅と何かが混ざったおにぎりがあった。
一つ見慣れないおにぎりがあり、それを手に取る。
普通の梅のおにぎりは中に梅をいれるのだが、このおにぎりは梅が練りこんでいる。
一つぐらい食べてみようと思い、一口頬張る。
「美味しい…。」
しばらく、ご飯を美味しいと思ったことがなく、ここ何日かはお酒しか飲んでいなかった。
梅とみょうががこんなに合うとは思いもよらなかった。
あっという間に一つ平らげてしまった。
次のおにぎりも気になり手に取り食べるがすぐになくなってしまった。
そしていつの間にか全てのおにぎりを完食していた。
自分でも驚きを隠せなかった。
いつの頃からか、酒の味しかわからなくなっていた私がご飯をまた美味しいと思う日が来るとは思いもよらなかった。
食べ終わった後に来た道を戻り、逃げた狼を探し出し一匹残らず殺した。
あの店の匂いに釣られて戻ってこないように。
それぐらいしてもいいくらいにはあのおにぎりを気に入った。
そして、明朝に寺を抜け出し井戸の近くに米麹を置いた。
お礼でもあるがこの米麹で彼女が何を作るか少し気になったからだ。
月を見ながら今日この米麹を使って何か作っただろうかと考えていると、待ちわびていた男が来た。
「甘粕 景持只今戻りました。」
廊下にいる彼に声をかける。
「入れ。」
短い返事をした後に部屋に入り、床におにぎりと竹の水筒が置かれた。
「昨夜ご所望のおにぎりでございます。そして、こちらは甘酒という酒だそうです。」
酒は頼んでいないけどまぁいいや。
最初に笹に包んである紐を解きおにぎりから手を付ける。
見慣れないおにぎりが一つあるがこれは最後に食べるとしよう。
まずはずっと忘れられなかった梅のおにぎりから食べる。
そう、この味だ…。
また一口頬張る。
その様子を見ていた景持が口を開く。
「謙信様がご飯を食べて笑う姿初めて見ました。実は私の分も頂いて来たのでよろしければ食べますか。」
自分が笑ってることに気づかなかった。
景持が懐からもう一つ同じものを取り出した。
きっと彼女が景持のために作ったのだろう、それを私が貰うのは違う気がして断った。
その代わり一つ提案をする。
「それはきっと彼女が君のために作ったのだろう?だったら景持が食べないと。その代わり、私と一緒に食べてくれる?」
今日は誰かと食べたい気分だ。
景持は私の提案に驚いたようだったがすぐに元の無表情に戻る。
確かに普段の私だったら言わないだろう。
「では、お言葉に甘えて。」
この男の驚いた顔は久々に見たような気がするな。
景持は私の隣に座り私と同じおにぎりから食べる。
「……っ。謙信様がお気に召すのもわかりますね。」
一口食べた直後に景持の目が見開き、またしても驚いているようだった。
この堅物がこうまで表情を変えるさまは見たことがない、なかなか面白い。
梅のおにぎりを食べ終え次のおにぎりに手を伸ばす。
これは確か中にふき味噌が入っていたな。
半分くらいまで食べ進めると昨日と同じ具が入っていた。
これはこれで美味い。
景持もいつの間にか私と同じふき味噌に手を付けていた。
食べながら景持の様子を窺う。
「なるほど…。」
何やら一人で納得している様子だ。
私の視線に気づき説明し始める。
「実は菜さんの店でいつもふき味噌を湯漬けにしながら食べていたので、おにぎりに入れるこのような食べ方もできるだなと思いまして。」
どうりで驚かないはずだ。
「だから驚かなかったんだ。」
驚く顔を楽しみにしていたのに残念だ。
そして最後に昨日無かったおにぎりを手にする。
どうやら、表面に味噌を塗ってあるらしい。
その味噌の表面にはしその葉が巻いてある。
どんな味がするのか楽しみだ。
一口食べてみる。
…っ味噌が少し甘い…そして香ばしいような気もする。
これは味噌を焼いているのか?
この味噌の甘さと香ばしさが食べても食べても食欲をそそる。
半分くらい食べ進めた頃だろうかおにぎりの中に味噌大根が入っていた。
この味噌大根もいい味を出している。
味噌のこってりした味をしそがさっぱりと仕上げていて何個でも食べれそうだ。
気づいた時には味噌おにぎりが手から無くなっていた。
つい夢中で食べていたらしい。
景持も無言で食べていた。
自分の手からおにぎりが無くなっている事に気づき驚いているようだった。
さっきの自分もこんな感じだったのかと笑ってしまった。
こんなに笑ったのは、驚いたのはいつぶりだろう。
景持も珍しく笑っていた。
もう一つ酒が残ってたんだっけな。
景持が持って来たんだ、問題は無いだろうけど…。
「この酒お前が持って来たってことは相当美味しいってことかな。」
景持が即答する。
「はい、必ずお気に召すかと。」
かなり自信があるらしい。
どこの酒かわからないが楽しみだ。
時次さんの友人目線で今回は書かせていただきました。
ちょっと回想が長ったですね。
次回は友人目線の甘酒編です。