私と与一君がいなくなって…1
私と与一君が居なくった日。
孫次郎さんは寺の外にいた。
「おいっ!開けろっ!まだ俺の弟子達が中にいるっ!」
「お弟子様は帰られました。」
「そんなわけないだろっ!あいつらが俺を置いて帰るはずない!」
孫次郎さんの怒号と共にお寺の裏口は閉じた。
「くそっ!俺がいながら…。」
扉の前で何度も二人を呼んでみるも、返事は返ってくることは無かった。
孫次郎さんは後ろ髪を引かれながらその場を離れ、急いで自分の店に向かった。
もしかしたら本当に二人が帰っているかもしれないという希望を抱きながら。
だがその希望は直ぐに打ち砕かれる。
帰りを待っていた初さんは孫次郎さんを見て驚く。
「どうしたんだい。そんなに慌てて帰って来て。」
「…っ菜と坊主………帰って来ないかもしれない。」
「どうして菜が?それに坊主って誰だい?」
孫次郎さんはこうなった経緯を初さんに話した。
私が付いて来た事と料理好きの少年、そして怪しいお坊さんについてを。
「だったらまず菜のところのお店に行って来ないと。その坊やの事もそこに行けばわかるだろうから。」
「わかった。初はここにいてくれ。その腹じゃ走れないだろ。それに菜がここに帰って来るかもしれない。」
「わかったわ。あんたも気を付けて。」
初さんに見送られながら孫次郎さんはよしさんのお店まで走った。
必死に走り、たどり着くと店の中から二人の男女が出て来た。
「あら、お客さんかい?すまないねぇ。今日はもう終わりだよ。」
「いや、客じゃない。あんた所の娘と坊主の話をしに来たんだ。」
孫次郎さんの言葉に二人とも驚く。
孫次郎さんは今日の事を二人に話して謝った。
「申し訳ない!!」
「頭を上げて下さいな。うちの子が勝手してすまなかったねぇ。でも菜ならきっと大丈夫です。」
「そうだとも。それに与一も男だ。菜ちゃんを側で守ってるはずだ。一緒に帰ってくるはずさ。」
そう言う二人の顔は言葉とは裏腹に酷く心配そうな顔だった。
そして一晩はあっという間に過ぎ、私と与一君が帰ってくることは無かった。
寒い寒い朝に一人の男がやって来た。
「あの~菜さんは?」
「あんたは藤吉郎さんじゃないか。菜はちょっと…ね。だから今日は料理は出せないよ。すまないね。」
「菜さんに何かあったんですか!」
「心配してくれるのはありがたいけど、お客さんに話すような話じゃないよ。」
藤吉郎さんは焦った様子で言った。
「それって俺が昨日男物の着物を渡したのが原因ですか!?」
「あれはお前の着物だったのか…。何処から借りて来たのかと思ってはいたが…。」
孫次郎さんはため息をつき、よしさんが事情を説明した。
その事情をまた一人の男が聞いていた。
「やっぱりあいつらまだ帰ってないんだな。」
「たっ太郎!!あんた…やっぱり生きて…。」
扉の前に立っていたのはよしさんの一人息子の太郎さんだった。
「おふくろ、俺の話は後だ。今はあいつらの話だ。」
「太郎、あんた何か知ってるのかい?」
太郎さんは静かに頷き話始めた。
「昨日俺は一座の仕事であの寺にいた。そこで菜に会い、直ぐにここから出るように言ったんだ。そして今朝、二人が寺の奴らに捕まった事がわかった。」
「捕まったって…あの子達は悪い事をする子達じゃないよ。何の為に。」
太郎さんは静かに怒りながら言う。
「売り飛ばす為だよ。」
衝撃の事実にその場にいた皆が凍りつき、耳を疑った。
太郎さんは知っている事全てを皆に話した。
「俺らの雇い主が菜の事を気に入ってしまったのが原因だ。それを知った坊主共は高値で売る為に捕まえたらしい。坊主はその時に巻き込まれて一緒に捕まった可能性が高い。」
「何んでお寺が…?」
よしさんの声が少しづつ弱まり、顔が真っ青になっていく。
「何をするにも今は金がいる。だから一座と手を結んで必要のない小坊主や孤児を一座に売って金にしてるんだ。自分達の遊興費を集める為にな。寺の奴らは知っているかはわからないが、俺の雇い主は菜が女だと勘づいてる。」
太郎さんの話を全て聞いて、誰一人解決策を言う者はいなかった。
でも一人だけ動いたものはいた。
「早く報告せねば。」
「っちょっと、藤吉郎さんっ。」
藤吉郎さんはそう呟くと、凄い勢いで走って行ってしまった。
よしさんが外に出て止めようとするも、藤吉郎さんの背中はみるみる小さくなっていった。
次回、久しぶりにあの方々が話に登場です!
お楽しみに!