09:協力者を得るクラリッサ
「殿方の気持ちを掴むというのは難しいですわね」
クラリッサは自室でほう、とため息を吐いた。
その姿は見た目の美しさも相まって、まるで儚い妖精のようだ。しかし残念ながらクラリッサの中身はそんな柔なものではない。
「お金が一番喜ぶかと思ったのですけれど」
昨日、クラリッサはアルバートに現金を貢ぎに行った。しかしあっけなく却下された。
「もっともいい案だったはずですのに」
アルバートの状況を慮れば、一番必要なものはおのずとわかる。そう、現金だ。借金は自分と結婚さえしたらどうにかなるが、そこから金を増やすのは、難しい。
だから、金を持っていったら喜んでもらえるのではないかと思ったのだ。
「何がだめだったのでしょう……」
クラリッサにはわからない。なぜなら彼女はお金至上主義の商家の生まれだ。お金はあればあるだけいいことも理解しているし、なければないだけ苦労することも知っている。
だからお金のないアルバートは困っているはずで、必要だろうと思っていたのに、受け取ってはもらえなかった。
「でも仕方ないですわ! そう簡単になびかないところも素敵!」
クラリッサは昨日のアルバートを思い浮かべてうっとりと瞳を潤ませた。
仕事を慌てて切り上げてきたのだろうか、額に汗を浮かばせながら、動きやすい服を泥で汚し、髪も土で汚しながらも、アルバートは神々しい美しさを損なっていなかった。むしろ男性らしい凛々しさを備えており、クラリッサの胸は激しくときめいていた。
――とても素晴らしいお姿でしたが、お仕事を中断させたのは悪かったですわね。気が急いていたとはいえ、申し訳なかったわ。
クラリッサは反省した。そしてアルバートの気持ちを向けさせられなかったことに落ち込んでいた。
「ねえ、あなた」
「は、はいいいい!」
いつもクラリッサの後ろに控えており、なぜかまったくクラリッサに慣れず常に怯えている様子の侍女に声をかけた。
「あなた、ええっと……名前なんだったかしら? アビー?」
「エイダです」
「あらごめんなさい。父がコロコロ使用人を替えるからなかなか覚えられないんですの。あなた先月から働いていたかしら」
「は、はい! そうです」
「そう、もう少し肩の力を抜いてよろしくてよ」
「は、はいいいい!」
背筋に力を入れて直立している侍女、エイダを見て、クラリッサはあきらめた。まあ、そのうち慣れるだろう。たぶん。
「エイダ、あなた、わたくしは次どうしたらいいと思う?」
「え?」
「男性がどうしたら喜んでくれるか知っていらっしゃる?」
エイダはクラリッサに比べれば美しくはないが、それなりに愛らしい顔立ちをしている。きっと箱入り娘のクラリッサよりは詳しいだろうと思い訊ねた。
「わ、私、わかりませんよ!」
エイダは顔を赤くしながら顔の前で手を大きく振って否定する。
「まあ、あなたも知らないんですの?」
「わ、私がそんな経験豊富に見えますか……!?」
「いえ、正直に言うととてもそうは見えないですわね」
「じゃあどうして私に聞くんですかあ」
エイダはこういう話題が苦手なのだろうか。少し涙目になった。しかしクラリッサには訊ける相手がエイダしかいない。
「わたくし、父の意向で、こういうことには詳しくないのです」
「はあ……」
「何も知らない娘のほうが貴族は好むそうですわ」
「は、はあ……」
その意向のせいで、クラリッサにはそういう情報は入ってこない。何も知らないと言っても、賢くないという意味ではない。貴族の妻は結婚すれば社交や屋敷の管理などの仕事がある。賢さがなければ務まらない。
父が言うのは恋愛方面のことだ。といっても、クラリッサも恋愛感情はわかるし、そのおかげで今アルバートに恋をしている。ただ、男女がどのように仲を深めるのかはわからない。父の息がかかっている使用人は訊ねても答えてはくれない。
今目の前にいる侍女は大丈夫だと判断して、クラリッサはお願いした。
「わたくしに協力してくださらない?」
エイダが目を見開いて驚いた。
「きょ、協力? 私が?」
「ええ、あなたしかいないんです」
クラリッサは長い金色のまつ毛に縁取られた瞳を精一杯潤ませ、上目遣いでエイダを見た。
クラリッサは知っている。自分の美しい容姿が、女性にも有効なことを。
エイダは可憐な美少女が切なげに目を潤ませる姿に、ごくりと唾を飲み込んで顔を赤らめた。
落ちた。クラリッサは確信した。
「わ、私でできることなら喜んで!」
クラリッサはダメ押しに美しい顔をほころばせた。
「まあ、嬉しいですわ!」
こうしてクラリッサは貴重な協力者を得たのである。