06:乙女のような婚約者
それから何度か王子様系男子には出会ってきたが、どれも苦手だった。自分は思ったより筋金入りなのだと気付いたのはわりと早かった。父が貴族の男児とばかり会わせる所為もあったのだろう。
それが目の前の男はどうだ。
常に王子様然としていた男だったが、さきほどの様子からどう考えてもあれが素なのだろうとわかる。
言葉遣いも貴族にしては荒く、労働者を思いやることが少ない貴族にしては珍しく、彼らのために腹を立てる人間である。
クラリッサは商家の娘だ。労働者は大事にされて然るべきであると考えている。
「理想の旦那様ですわ!」
クラリッサは再度声高に宣言した。
瞳を輝かせるクラリッサに対して、アルバートは引き気味である。
それもそうであろう。あれだけ袖にされていたというのに、いきなり理想だと言われても戸惑う。
「クラリッサ嬢……?」
アルバートが頬を引き攣らせながら、笑みを作ろうとする様子を見て、クラリッサはその頬を引っ張った。
「いてっ! 何するんだ!?」
乱暴な言葉遣いに戻ったアルバートを見て、クラリッサは満足そうに微笑んだ。
「今後は作り笑いも綺麗な言葉遣いも結構ですわ」
クラリッサの言葉に、アルバートが眉間に皴を寄せた。その表情はクラリッサにとってはとても馴染みやすい表情である。
「いや、そういうわけには……」
アルバートの反応に、そういえばアルバートは貴族なのだと思い出した。
「もちろん、公の場ではそのままは無理でしょう。その時はわたくしも歯の浮くような臭いセリフを我慢して聞きましょう。しかし、こうして二人で会うときは、ぜひとも普段のあなたのままでいてほしいのです」
「はあ……」
アルバートの目ははっきりと、「何だこの女」と思っているのが見て取れる。
クラリッサはアルバートに答えをあげるために、にっこり笑った。
「わたくし、王子様気取りの男が、大っ嫌いですの」
「王子様気取り……」
心当たりがあったのか、アルバートが唇を噛み締めた。
「待てよ、じゃあ、今までの俺の行動は……」
「まったくの無駄どころか最悪でしたわ」
「おい誰もそこまではっきり言えとは言ってないだろう!」
「わかりました。じゃあ言い換えます。生理的嫌悪しか感じませんでしたわ」
「余計傷つくわ!」
クラリッサの発言にアルバートが噛みついた。
クラリッサはこのやりとりにも満足していた。これくらい言い返してくれる人間でなければクラリッサは物足りない。アルバートは苛立ちを隠さずに、綺麗に整えられた髪をガシガシと掻き毟った。
「くっそ、柄にもないことを口にして、あれこれ努力していたのに……!」
心底悔しそうにアルバートが言うものだから、クラリッサは面白くて堪らない。
「そちらが素では、さぞ大変でしたでしょうね」
ほほほ、と笑うクラリッサを、アルバートがキッと鋭い目つきで睨みつけた。
「ああ、大変だったさ。何度臭いセリフのせいで心が死んだことか! お前な、もっと早く言えよ! そういうことは!」
「だって、あれがあなたの性格だと思っていましたもの。まさか『あなたのその歯の浮くセリフが嫌だ気持ち悪い生理的に無理だから性格入れ替えて戻ってこい』などとは口が裂けても言えませんわ」
「言えてるじゃねえか!」
怒声を飛ばすアルバートにもクラリッサは動じない。笑顔のまま、一人頷いた。
「では婚約を進めましょう」
「あぁ?」
ガラの悪いチンピラのような反応をするアルバートには、もはや王子様らしさのかけらも残っていない。クラリッサはそんなアルバートを気にせず――いや、どこか夢心地な様子で見つめながら話を続けた。
「さきほど言ったように、私は優男よりあなたのような野性的な男性が好みなのです。よって、あなたとなら結婚しても問題ありませんわ。むしろ結婚してください」
「待て待て待て落ちつけ」
唐突の逆プロポーズにアルバートは焦り始めた。そのアルバートの反応に、クラリッサは不思議そうに首を傾げる。
「あら、早く結婚したいのはそちらでは?」
アルバートの家は金がない。貴族としてそれは大変不名誉で、できればすぐにでも金策を行いたいはずだ。だからこそ、クラリッサが婚約者になったのだから。
「いやそうだけど……」
そうだけど展開がいささか早いのではないかと、アルバートは思っているのだろう。クラリッサは引き気味のアルバートの顔をうっとり見た。
「あなたの家の事情も存じ上げておりますわ。大変お金に苦労してらっしゃるのでしょう?」
クラリッサの後押しに、アルバートがぐらついた。
「わたくしの実家は、わたくしと結婚さえすれば、約束通りの金額をお支払いいたしますわよ」
ぐらり、ぐらり、アルバートの心が大きく揺れるのがわかり、クラリッサはにやりと笑った。そんなクラリッサにも気付かぬほど、アルバートは戸惑い続けていた。
「わかっ……た……」
クラリッサの顔が輝いた。
「結婚を進めるが、だが……」
アルバートが言葉を一度止める。
「お互いをもっとよく知ってからだ!」
「……はい?」
初心な乙女のような返事に、クラリッサは間の抜けた声を出した。