番外編:アルバートとノア
アルバートとノアの初対面での話です。
「今姉は出かけています」
その言葉でアルバートは一気に気まずくなった。
クラリッサを訪ねたら、その本人はいない。いるのは彼女が溺愛している年の離れた弟のみ。
アルバートは首を掻きながら言った。
「あー……じゃあ、帰ろうかな」
クラリッサがいないならすることもない。家で久々にゴロゴロしよう。
そう思って踵を返そうとしたが、幼い声に呼び止められた。
「待ってください」
アルバートは進もうとした足を止めた。
「ちょっと話をしませんか?」
アルバートはクラリッサによく似た少年の顔を見ながら目を瞬いた。
「……え?」
◇◇◇
相変わらずいいソファーだな。
アルバートは無意識のうちにソファーを撫でた。実家のソファーとは桁が違う。
「すみません。引き止めてしまって」
アルバートと違い育ちのよさそうなノアと向き合って座っている。
「いや、大丈夫だ。何か用でもあるのか?」
「いえ、その……」
ノアは言いよどみながらも口を開いた。
「姉の選んだ相手と話してみたくて……」
「え?」
「姉は!」
ノアは気まずそうに下を向いていた顔をしっかりとアルバートに向けた。
「姉は賢くて図太くて泣くより泣かす方の人間ですが実は小さい頃のトラウマにずっと囚われていたり繊細なんですだから――」
バーッとアルバートに言うと、途中でハッとした様子で、ノアは言葉を止めた。
「す、すみません」
「――つまり、君は」
アルバートはさっきまでの気まずさがなくなっていくのを感じた。
「クラリッサが心配だったんだな」
ノアがカアッと顔を赤くした。
「その……別にシスコンとかではなくてですね……」
「ああ」
「シスコンではないんですけど、あれでもたった一人の姉ですし、この商会を担っていく人間ですからその……」
もごもごと口を動かして、やはり赤い顔のままノアが言った。
「心配だったんですよ……姉を任せられる人間か……」
ボソッと呟かれた言葉には、クラリッサへの親愛しかなかった。
「両親はあんなだから、俺に愛情をかけてくれたのは姉なんです」
ノアが少し視線を外しながら語り始めた。
「父は強引な人でした。どう考えても姉が跡を継ぐべきなのに、俺に継がせたがった。でも俺は経営者に向いていないと早々に悟ったから父に言ったんです。でも、『クラリッサはダメだ』と……何がなんでも俺に継がせると、強硬な姿勢を見せました」
クラリッサはクラリッサで父親の被害者だったが、ノアはノアで被害者だった。
「自分のコンプレックスのために、周りがまったく見えてなかったんですよね。それに付き合わされる子供はたまったものではない。あなたのおかげで父を追い詰めることができたことには感謝しています。ありがとうございます」
ノアが頭を下げた。
「いや、俺は何も……ほとんどクラリッサの力だよ」
父親を追い詰める手筈を整えたのもクラリッサだったし、最後に父親を突き落としたのもクラリッサだ。アルバートがしたのは、ほんの少しの手助けだけ。
「姉から聞いた話でアルバートさんがおかしい人だとは思っていません。でも……」
「信用出来ない?」
「まさか! ただ……」
ノアはまた気まずそうな顔をした。
「直接二人になってどんな人か確認してみたかっただけです」
「その結果は?」
「父とは違うなと思います」
ノアの中の最低の基準が父親なんだな、とアルバートはこの姉弟の心の傷の深さを知った。
「まだ一度会っただけじゃよくわかりません。だから、たまに俺にも顔を見せてください」
「わかった」
姉を大事に思う弟の気持ちを無下にできるはずがない。
アルバートは頷いて、照れるノアを微笑ましく見ていた。
すると勢いよく応接室のドアが開いた。
「ノアーーーー!!」
クラリッサがすごい勢いで入ってきたかと思えば、そのままノアに抱きついた。
「なんて姉思いなんでしょう! チューする?」
「しない!」
ノアに断られながらもチューを迫るクラリッサ。
「ノア……反抗期だったあなたがこんなにわたくしを思ってくれているだなんて感動ですわ!」
「別に反抗期じゃなくて姉さんが鬱陶しいだけ」
「またそんなつれないことを言って。いいんですのよ、『お姉ちゃん大好き!』と抱きついてくれても」
「しない!」
ふふふ、とクラリッサが笑った。
「ノア、安心しなさい。わたくしの知る限りアルバート様はこの世でもっとも害がなく、擦れてなく、純でチョロい男です」
「余計なこと言うな」
「本当のことです」
アルバートだってこの歳まで生きてきたのだ。酸いも甘いも知ってるし、擦れまくっているはず……だ。
はずだよな? とアルバートが自分で自分に首を傾げている間に、クラリッサはノアに耳打ちした。
「きっとノアもアルバート様のこと好きになりますわよ」
ノアはアルバートを見る。
――そうだといいな。
ノアはクラリッサの言葉の通りになる予感を感じながら「そうだね」と答えた。
ノアはただ、姉が幸せならそれでいい。
反抗期の彼はその言葉を飲み込んで、静かにクッキーに手を伸ばした。
姉の手作りとは知らず。
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