番外編:彼女の料理
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「アルバート様、わたくし思ったのです」
クラリッサがいつものように突然に切り出した。
「なんだ?」
「わたくし、料理を習います」
クラリッサの数々の料理が一瞬のうちに脳裏をよぎり、アルバートはおそるおそる訊ねた。
「だ、誰にだ……?」
頼むから創作料理とか、高級レストランだとか、難しそうなところに弟子入りしないでほしいと願った。
そうした難しい料理は大体アレンジが入る。そう、クラリッサの大好きなアレンジが。
「それはもちろん……」
クラリッサが言葉を溜めた。
「アルバート様のお母様ですわ!」
――俺の……母……?
「え、なんで?」
アルバートの母は普通のちょっと料理好きなだけの人間だ。お菓子に関してはプロ並みだが、その他は多少上手だな程度だとアルバートは思っている。
もちろん自分の母の料理なのでアルバートは母の味が大好きであるが。
「気付きましたのわたくし……そう、アルバート様の胃袋を掴むには、母の味を覚えるべきだと!」
クラリッサの場合それ以前の問題なのだが、アルバートは黙っておいてあげることにした。
ここでそれならどこかの店で弟子入りを、とか言われたら大変困る。主にその店が。
「男性はみな母親の料理が好きだと書物に書いておりました。なのでアルバート様のお母様の味を盗みます」
「そ、そうか」
自分のために母親の料理の味を覚えると言われて嫌な男はいない。アルバートも例にもれず嬉しかったが、その様子を隠すようにひとつ咳をする。
アルバートは素直に嬉しいと言えない男なのだ。
「わかった。いいと思うけど、一つだけ約束してくれ」
「なんです?」
「絶対に母さんの言う通りにして、余計なことはするな」
「? わかりましたわ」
よし、言質は取った。
アルバートはなんとなく予測できる未来から目を背けた。
◇◇◇
数日後。
「まあ、アルバートのために料理を? なんてできたお嫁さんなのかしら! 幸せ者ね、アルバート!」
何も知らない母がにこにことクラリッサの提案を快諾する。
「母さん……無理だと思ったら我慢しなくていいから……」
「あら、お母さんこれでも教えるのは上手なほうなの! 任せておいて! 頑張りましょうね、クラリッサちゃん」
「はい! お義母様!」
やる気に溢れるクラリッサと母に、アルバートはひしひしと嫌な予感を感じていた。
そしてそれは当然的中する。
「ク、クラリッサちゃん待って待って何しようとしているの!?」
「これだけでは味が物足りないかと思いまして」
「それは物足り過ぎだと思うわよ!?」
何を入れようとしているんだろう……。
怖いもの見たさがあるが、アルバートは賢いので覗くことはせず、そっと仕事に向かう準備をした。
さきほどまでニコニコ穏やかだった母の声は焦りの声に変わっていた。
「クラリッサちゃん? クラリッサちゃん? それは何? どうしてそれをそんなに煮詰めようと思ったの?」
「歯ごたえがよくなるかと」
「煮ればいいってものじゃないのよ!?」
「これ入れましょうか」
「クラリッサちゃん! お願い止まって!? アルバート、アルバートォォォォ!!」
すまない母さん俺には無理だ。
アルバートは足早に家を出た。
背後から母親の絶叫が木霊した。