番外編:彼女の弟
「えっ、アルバートさんそんなこと気にしていたんですか!?」
驚きの声を上げるノアにアルバートはたじろいだ。
「いやだって……会長になる機会奪っちゃったなと思って」
大きな商会の社長。金のない自分からしたら手も届かない場所すぎて、憧れるというレベルですらないが、この子は違うだろう。
あと一歩で大きな存在になれたのに、その機会を奪ってしまったということに、アルバートはノアに罪悪感を抱いていた。
しかしクラリッサが会長になることは正しいことだと思っているし、そうするように手助けしたことも後悔していない。
アルバートの言葉にノアは顔を思い切り顰めた。
「ちょっと姉さん! ちゃんと説明してないの!?」
アルバートの隣に座っているクラリッサにそう問いかける。
「きちんと説明しましたけれど、うまく伝わっていないようですわね」
「ようですわねじゃないよ! ちゃんと説明しといてくれよな!」
「怒るノアも可愛いですわね。反抗期ですか?」
「違う! 何でも反抗期で片付けないでくれよ!」
そう言ってプリプリ怒られても、クラリッサの目には可愛くしか映らない。可愛い。
クラリッサの内心がわかったのだろう、ノアはクラリッサから視線を外し、アルバートに向けて口を開いた。
「まずですね、アルバートさん」
ノアが真剣な表情をする。
「俺は目立つことが大嫌いです」
ノアははっきり言い切った。
「大商会の息子だってみんなに見られるのすら嫌だったのに、そのトップなんて絶対嫌です。毎日ならなくて済む方法を考えていたぐらいです」
「あ、そうなんだ……」
食い気味に説明してくるノアに、アルバートは少しクラリッサに似ているなと思った。
「そうか、ならよかった」
心配事が消えてアルバートがホッとする。
そんなアルバートに、ノアが真剣な目を向ける。
「それよりアルバートさん……本当にいいんですか?」
「何が?」
ノアがクラリッサを指差す。
「姉さんが相手で本当にいいんですか!?」
「ノア、人を指差すものではないですわよ」
「今そういうのいいから!」
姉弟の楽しそうなやり取りを見て、アルバートは姉弟っていいなあと少し羨ましく思った。
「そうだなあ」
アルバートは少し考えた。
クラリッサはその見た目やしゃべり方に似合わず勝気である。金に目がないし、常に商売のアイディアを探している。そんなクラリッサの押しに負けてしまっていることは否めない。
だけど。
「そんなクラリッサだからいいのかな」
アルバートの言葉に、姉弟は目をパチパチと瞬いた。
「姉さん」
「なんですの?」
「絶対逃がさないようにしたほうがいい」
「縄を付けてでも逃がしませんわ」
物騒なことを言い始めた姉弟に、アルバートは「お手柔らかにお願いします……」と苦笑する他なかった。