05:王子様系男子が苦手なクラリッサ
クラリッサは王子様系男子が大の苦手である。
幼い頃から知っている一番の異性は父である。その父はいつも気難しい顔をして書類とにらめっこし、あまり家には帰らない。
「お父様は仕事をしているから仕方ないの」
母が何度か言い聞かせるそのセリフから、クラリッサはそれが世の男性の普通なのだと思っていた。
ところで八歳の時、父の商談に連れていかれたときのことである。
そこには多くの貴族や豪商が集まっていた。子供も多くおり、父が自分を連れてきた意図を察した。
クラリッサは子供たちに近付いた。その時は知らなかったが、たまたまクラリッサが近付いたその集団は、貴族の子供の集まりだった。
「ごきげんよう」
優雅に膝を折り挨拶したクラリッサに、貴族の子供たちは素直に輪の中に入れてくれた。
貴族ばかりのその中に、財産を成しているとは言え、平民であるクラリッサが混じって違和感はなかった。父親はクラリッサに貴族令嬢と同じ教育を施していたからだ。
つまり、クラリッサは教育を施されたその日から、貴族に嫁ぐことを想定されていたとも言える。
輪の中に入りながら、クラリッサは大きな違和感を感じた。
――お父様と違いますわ。
貴族の男児は、みんな柔らかな笑みを携えており、父と違い、眉間に皴を寄せていない。子供でそうそう眉間に皴など刻まないことを幼いクラリッサは知らなかった。なぜなら知っている異性は父だけだったからである。
男児が携えた笑みは、それこそ幼い頃からの貴族教育の賜物ともいえる。笑みを絶やさず、本心を透けてみさせない貴族の神髄が、すでにこの子供たちは身についていたのだ。
しかし、父しか知らないクラリッサにその笑みの違和感はすさまじかった。
クラリッサは父が誂えた子供サイズの扇で口元を隠しながら、不快感を抑えていた。
そこに、一人の男児が近付き、クラリッサの手を取った。
「はじめまして、クラリッサ嬢。お会いできて光栄です」
子供とは思えないほどの、はきはきとした喋り。さわやかな笑みでクラリッサの手を取る美しい貴族の少年。
周りの令嬢は羨ましそうにクラリッサを見た。
しかしクラリッサが感じたことは彼女たちとは真逆である。
――気持ち悪いですわ。
勝手に取られた手も、その張り付いた笑みも、口から滑るように出る言葉も、クラリッサには不快感しか与えなかった。
目の前の少年はとても美しく優雅な仕草と物腰柔らかな様子から、絵本で読んだ王子様のように感じた。
そしてそれがとても自分とは合わない人種であると知った。
――クラリッサが、王子様系男子が苦手だと自覚した、初めての出来事である