49:終わらせようとする婚約者
次回最終回!夜更新の予定です。
「わたくしが成人になるまでは一応名ばかりの会長としていてもらい、その後は体調不良を理由に、わたくしに会長職を譲るということで決着がつきましたわ」
諸々の後始末や話し合いで、しばらく忙しくしていたクラリッサがアルバートと会えたのは、父と向き合って一か月後だった。
「ただでさえ女性だというのに、それに未成年というのが付けば、余計敵が多くなりますからね。急に会長が変わるというのも大きな混乱になりますから、もう少しだけ会長でいていただくことにしましたわ」
以前デートした喫茶店で、ブラックコーヒーを飲みながら、クラリッサは淡々と近況を報告した。
「父はすっかり肩の荷が下りたようで、最近は笑うことも増えました。……重荷だったのでしょうね。元々がのんびり屋だった父に、商会の会長という役職は」
頑張っても頑張っても報われず、その娘が自分の努力をものともせずに追い抜いていくのは、彼にとっては辛いものであったのだろう。
だが、どれほど辛かろうが、それでクラリッサが傷ついた事実は変わらない。
これから父が変わろうとも、クラリッサはきっとずっと許すことはないだろう。
それだけ傷つき続けたのだから。
「そうか。クラリッサが納得する方向に進んで、よかった」
アルバートはカロリーお化けを突つく。ペロリペロリと平らげていく。
「アルバート様のおかげですわ。わたくしだけだったら、父としっかり話そうとは思えなかったでしょうから。アルバート様が間に入ってくれたおかげで、父も客観的に自分の行動を見て自覚できたのでしょう。娘から言われるのと人から言われるのでは、違いますから」
クラリッサはアルバートに頭を下げた。
「父とわたくし、両方にとっていい方向に進みましたわ。ありがとうございます」
きっと、父とクラリッサ二人だけではこうはならなかった。
実際クラリッサは父が自分を跡継ぎにする気がないようなら、もう商会もなにもかも見捨てて、自身の力で生きていこうと思っていた。
それに、父もきっと自分の嫉妬心を認められなかっただろう。その嫉妬している相手に指摘されるのならなおさらだ。
「べつに、俺はなにもしてない」
「いいえ、父にしっかり言ってくださったではありませんか。あのときのアルバート様、格好良かったですわ」
クラリッサはそのときのことを思い出し、頬を染め、嘆息した。
あのときのアルバートは、とても凛々しく頼もしく、クラリッサはまたいつもとは違うアルバートの一面に胸をときめかせた。
なにより、クラリッサのために、父に立ち向かってくれたのだ。惚れ直すには充分だった。
「……父親を気にしなくてよくなったけど、その話し方は変えないのか?」
「ああ…そうですわね……」
クラリッサのお嬢様言葉は、父への反発から始まったものだ。
嫁ぐのが役目だと、女らしくしろと言われたから、意地になってそう見えるようなしゃべり方をしたのだ。
「もう必要ないのですけれど、これで慣れてしまいましたし」
普通にしゃべっていたときより、この話し方でいた期間の方が長い。
「それに、こちらの方がわたくしらしいでしょう?」
いつものように、自信満々に胸を張るクラリッサは、とても晴れ晴れとした顔をしているだろう。
実際、胸のつっかえが取れた気分だ。
そして、そんな気持ちにさせてくれたアルバートに心底感謝していた。
「じゃあ」
アルバートが、カロリーお化けの最後の一口を口に入れた。
「俺たち、もう終わりだな」
クラリッサは言われた言葉が理解できず、何度か瞬きを繰り返した。
少しして理解できたとき、足元から冷えていくのを感じた。
「アルバート様? 終わりって、何を言って」
「俺たち、元々親の決めた婚約者同士だろ。でも、もうその契約も必要ない。お前は跡取りになって、俺は宝石で貧困を脱せる。俺たちが結婚するメリットはないだろ」
「そんなこと……」
ない、と即座に言えなかった。なぜならその通りだからだ。
アルバートはお金がないからクラリッサと結婚しようとし、クラリッサは商会を継がないからアルバートの家に嫁ごうとしていた。
前提が覆った今、政略結婚は必要ない。
「でも、アルバート様、わたくしは」
「クラリッサ」
アルバートが砂糖の入った紅茶を一気に飲み干した。
「終わりだ、俺たちは」