44:父を問い詰めるクラリッサ
「……そうすれば商会にどれほどの損失を与えるかわかっているのか」
「ええ、大損害ですわね」
クラリッサはなんてことのないように言い放つ。
実際クラリッサには関係ない。自分の物にはならない物なのだから。
「冷静になりなさい、クラリッサ」
父の駄々っ子を相手にするような物言いに、クラリッサはさらに父に対する自分の気持ちが冷めていくのを感じた。
きっと、こういえばクラリッサが聞くと思っているのだ。
父のことが大好きだった自分が、父の窘める言葉を、素直に聞いていたから。
きっと、父の中のクラリッサは、ずっと子供のままなのだろう。
自分で考えることなどできない、弱い子供のままなのだ。
「わたくしはいつでも冷静に行動していますわ、自分のために」
そうクラリッサは冷静に、自分のために今行動している。
自分と、自分の未来の家族のために。
いつもと違う雰囲気を感じたのか、どこか、戸惑った様子でアーロンが口を開いた。
「……お前は、商会が大事じゃないのか?」
――この期に及んで、気にするのは商会のことだけなのですわね。
クラリッサは思わず苦笑した。ここまでくると、もう笑うしかない。
「……あなたは本当に、家族ではなく、商会が大事なのですわね……」
父の言葉は、クラリッサにひどい失望と傷を与えた。
その一言で、クラリッサより商会を取ると言っているようなものだったから。
「家族のことも大事に思っている」
クラリッサの言葉をアーロンは否定するが、クラリッサはすぐに反論した。
「あなたはそれを行動で示したことはありませんわ。少なくとも、商会を継いでからは一度も」
「…………」
思い当たることがあるのか、反論もできないのか、アーロンが黙った。
黙るしかないだろう。父親らしい行動など、商会を継いでから、したことはないのだから。
クラリッサにだけではなく、母にも、そして跡継ぎであると大事にしているはずの、弟にも。
アーロンが黙り込んだのをいいことに、クラリッサは続けた。
「あなたが強硬手段に出たのは、わたくしたちが金銭を得ると商会に不都合だからですわね」
「……」
父は黙っている。
代わりに反応したのはアルバートだ。
「どういうことだ?」
アルバートはアーロンに胡乱な目を向けた。しかし、アーロンはやはり口を開かず、代わりにクラリッサが説明する。
「父は、アルバート様たちが、自分の言う通りに動く環境にしていなければいけなかったのです。……これのために」
クラリッサはスカートのポケットに入れていた物を取り出した。
硬い質感のそれを、二人に見えるように、クラリッサは掲げた。
「……? これはうちの鉱山で取れる……」
「そうです」
クラリッサがポケットから出した物。それはアルバートがあの日、いらないものだと隅に積み上げていた黒い石の一つだ。
きらりと光るそれを手にして、クラリッサは父の核心に迫った。
「これを、手に入れたかったのです。――この、希少なブラックダイヤモンドを」




