43:父と対峙するクラリッサ
「アルバート様、大丈夫ですか?」
「あ、ああ」
アルバートは緊張していた。
「安心してくださいませ。先ほど言ったように、これは勝ち戦ですから」
「そ、そうだよな。こういう経験がないから……」
ベルナドール商会の高級ソファーに座りながら、アルバートは居心地悪そうにしていた。
一緒に来ると言ったので、一緒に来たのだが、大丈夫かクラリッサは不安になった。
だが、おかげで少し自信を持てた。
なんだかんだと、自分でも緊張していたのだということを、クラリッサは自覚した。
あの日から、父から期待されていないと知たあの日から、ずっと逃げ続けていた現実と向き合うときが来たのを、クラリッサは感じていた。
――きっと、これが初めての親子の本音の対話になるのだろう。
クラリッサはぎゅっと手を握る。
ふと、その手をクラリッサより大きな肉刺のある手が包んだ。
「アルバート様」
アルバートはぎこちなく微笑んだ。
――そうだ、わたくしは一人じゃない。
クラリッサから心細さが消えた。
と、コンコン、とノックの音が聞こえ、扉が開いた。
「……待たせて申し訳なかった」
クラリッサの父、アーロンが部屋に入ってくる。
今クラリッサがいるのは、ベルナドール商会の応接室だ。主に商談する際に使用するこの場所は、客に舐められないよう、高級な物で揃えられている。
アルバートの家の物より、幾分も柔らかく艶のあるソファーに座る二人の対面に、アーロンは座った。
「話とはなんだ」
威圧感のある話し方をするアーロンに、クラリッサは臆さない。
「お父様」
クラリッサは切り出した。
「訴えられたくなかったら、わたくしたちに手を出さないでくださいませ」
娘の率直なもの言いに、アーロンは頬を一瞬動かしたが、すぐにいつもの険しい表情に戻った。
「訴えられる覚えはないが」
「この紙を見てもそう言えますか」
クラリッサは、自分がクシャクシャにしてしまった紙を広げた。ハリーのサインのあるあの紙だ。
「これがなにか?」
「この書類には不備があります」
アーロンの顔の険しさが増した。
「不備などない。文面は間違いないはずだ」
「ええ、別に文面に不備はございません。不備は、このサインです」
「サインもきちんと本人に書いてもらっている」
「一人のサインでは無意味ですのよお父様」
クラリッサがピシャリと言った。
「あなたのことだから、経営者に女性が入っているとは考えないと思いましたわ。女はそういうことをしないものですものね、あなたの中では。だから、お義母様にも経営者になっていただいておりましたの」
ここまで言われ、アーロンは理解したのだろう。眉間に皺を寄せた。
クラリッサはさらに相手を煽るように、紙をピラピラと揺らす。
「これはただの紙屑です。でも、あなたはこの紙屑をもとに店を乗っ取った。違法行為ですわ」
「……まさか、実の父親を訴えるつもりか?」
クラリッサは父の言葉に大きく頷いた。
「もちろん、あなたが引かなければその覚悟です」